アーナルド=アップ


 クゼアニア国首都アルツール。ラスベルが情報収集のため、パブに寄ると、そこに見慣れた紳士風の中年が立っていた。


 男の名は、モズコール。ヘーゼンの第2秘書官である。熟女にオムツを履かせるよう強要して訴えられそうになったり、自分自身を『バブちゃん』と自称し、健全店でパワハラまがいの駄々を捏ねたり(哺乳瓶)、尻から血が出るほど鞭で叩かれ、ついでにキャンドルをおかわりするという特殊なプレーを週に数回行うのが趣味だという、そんなキツめの変態である。


 ラスベルは恐る恐る尋ねる。


「あ、あの、どうしてここに?」

「その前に、ここでは、表の名を言わぬようにお願いします。あくまで、陰部の方で」

「……陰部?」


 『わかるでしょう?』みたいな表情を浮かべるが、まったく心当たりがない。何かの隠語だろうか。


「まあ、平たく言えば偽名ですね」

「……っ」


 じゃ、じゃあそう言えよ。なんだ、そのこだわりは。


「ここでは、私のことは、アーナルド=アップとお呼びください」

「……」


 本人曰く、今は首都アルツールの風俗コーディネーターであると言うことだ。裏の裏の裏。穴場という穴場を知り尽くした、まさに風俗界の守護神グライド将軍と呼ばれているらしい(自称)。


「わ、わかりました」


 当然、『了解した』と言う意味ではなく『もう聞きたくない』の意味だ。


「で、どうしてここに?」

「情報の収集と操作のためです」

「そ、操作?」

「ナンダル様と一緒に来てるんですよ。もうまもなくここに来るはずですが」

「な、ナンダルさんも来てるんですか!?」


 それには、驚きが隠せなかった。あの人は、いったい、何百人分働いているのだ。


「現在、あの方はイリス連合国の有力者に莫大な戦争資金の協力をしてます」

「な、なんでノクタール国の逆風になるようなことを」


 その時。


「よっ!」

「ぎ、ナンダルさん」


 目の前にいたのは、敏腕商人だった。また、数キロ痩せただろうか。目のクマも一層深く深く刻まれている。


すーから指示されたんですか?」

「うん……相変わらずヤバいなあの人は」

「……」


 ヘーゼンが出した指示は、『クゼアニア国を支援しろ』だった。そこからナンダルは惜しみなく巨額の戦争支援を行なった。


 全ては、軍部と有力者、民へと食い込むツテを作るためである。


「……あり得ない。ノクタール国は目下、クゼアニア国と戦争をしているんですよ!? そんな敵国に対して、わざわざ支援を?」

「あの人の話だと、肉を斬らせて骨を断つんだそうだ」

「……」


 思わず戦慄を覚える。相手の懐に入るために、自らを追い込む支援をさせるなんて。受けるナンダルもナンダルだ。こんな、無駄金になりそうな支援を迷う事なく引き受けるなんて。


「信じられない。いったいいつからですか?」

「前からだ」

「まさか、ジオウルフ城を攻める前から?」

「違う。ヘーゼン=ハイムが、ノクタール国への配属が決まった時からだ」

「……っ」

「恐ろしいだろ? いや、ハッキリ言ってヤバすぎる」


 ラスベルは、とめどない恐怖を感じた。まさか、イリス連合国と戦う前から、この絵を描いて内部工作まで行っていたなんて。


 ナンダルもまた複雑そうな表情をして話を続ける。


「実際には俺以外の商人に任せてクゼアニア国に金をバラ撒いていたんだが、満を持して刈り入れ時になったと言うことだ」

「もしかして……私だけ知らされてなかったんですか?」


 ラスベルは振り返って、モズコールに尋ねる。


「ええ、まあ」

「……」


 第一秘書官のヤンにも、第二秘書官のモズコールにも知らされていた。すなわち、自分はそこまでヘーゼンの信頼を勝ち取っていないと言うことだ。


「……ははっ」


 思わず自嘲の笑い声をあげてしまった。


「思い上がってました、私。今回の戦でモズコー……アーナルド=アップさんの上を行けると思ってたんです」

「……」


 !?


 突然、モズコールが膝を下ろす。


「ど、どうしたんですか!? た、立ってください!」


 ラスベルは慌てて起こそうとするが、断固として動かない。


「上になりたかったんですよね? これでいいでしょうか?」

「……っ」


 モズコールはまったく恥ずかしげもなく、そう言い放つ。実に堂々とした表情で。曇りなきまなこで、真っ直ぐに前を見つめていた。


 なんなら、股に視線があるので、むしろ、こっちが恥ずかしいまである。


「ラスベル様……私はね。人に上も下もないと思ってます」

「……」

「上でも下でも、関係ない。満足のいくプレイができれば、それはまったく関係がないのです」

「……」


 確かに、この人は変態だ。だが、この言葉は心に来た。行動して結果を出すことについて、そんなことにこだわっているのは未熟な証拠だ。


 彼は、それをわからせるために、こんな風に行動に示して……


 恥ずかしかった。物理的にも股を凝視されて、精神的にも遥か上をいかれて。両面から、本当に恥ずかしい。


「ラスベル様が上を望むなら、私は喜んで下になります」

「……ふふっ。ありがとうございます。でも、もう大丈ーー」
























「なんなら前でも後ろでも、前後逆でも、私は一向に構いません」

「えっ?」

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