バーネスト将軍
*
クゼアニア国の主城であるカルキレイズ城では、依然として重苦しい雰囲気だった。連敗に次ぐ連敗。更に、大規模な内部粛清も行われ、積極的な発言をする者はほぼ皆無だった。
伝令の報告だけが、淡々と玉座の間に響く。
そんな中で、イリス連合国の盟主シガー王のみが苛立たしげに聞き返す。
「は?」
「あの、ですから、ヤアロス国軍率いるドアン将軍、ゼツレイ将軍、ザナ将軍らがノクタール国のヘーゼン=ハイム率いる軍を退けました」
「……は? は?」
シガー王は、玉座から降りて伝令の胸ぐらを掴み、もう一度聞き返す。
「あ、あの……」
「は? は? は?」
何度も何度も聞き返し、睨みつけ、連呼する。伝令はついに、次の言葉が出なくなる。
やがて。
シガー王は、沈黙を貫いている大臣たちや軍部に向かって、嘲るように問いただす。
「と言うことは、アレか? 貴様らは、ヤアロス国のゴミどもに負けるようなヤツに対して『敵わない』だとか『大将軍級』だとか吹聴して回っていたと言うことか?」
「……い、いえ。その」
「答えろーーーーー! そーなのかーーーーーー! いや、そうなんだなこのクソ無能どもがぁーーーーーーーーーーー!」
シガー王は発狂さんばかりに叫ぶ。目の前にいた軍の面々も、悔しげに下を向く。
「結局、貴様らがクズなだけで、なんで私が……なんで私がこんな屈辱を受けねばならない!? なあ、なんでだ? なんで? なんで? ねえ、なんで?」
「……」
筆頭将軍であるバーネスト=リアドは憮然とした表情で黙っていたが、やがて、言葉を発する。
「私から言えることは、ヘーゼン=ハイムに破れた将軍たちは、素晴らしい能力をもった者たちばかりだと言うことです」
「あ? じゃなんで負けた?」
「……」
シガー王は、今度はバーネストの胸ぐらを掴んで凄む。
「あ? あ? 答えろ! 答えろよ! あいつらクソゴミどもが! 素晴らしい将軍様方であれば! 勝てたんじゃないのか!?」
「……」
「あ? あ? あ? ああ!? あのクソゴミどもが負けて! おめおめと逃げ帰って! 盛大な負け惜しみを言ってくるから! 私は! 信じたんだお前らクソ弱の言い訳を! な・の・に! なんで、ヤアロス国の将軍たちが勝つの? なあ? 教えてくれよ? なあなあ? なあなあなあ? なあーーーーーーー!」
「……」
胸ぐらを掴まれたバーネストは、沈黙を保っている。他の大臣たちも、軍人も、全員がその様子を冷めた目で見ている。
やがて、自虐気味にシガー王は笑い始める。
「クヒ……ヒヒ……ヒヒヒ……もう、終わりだよ。これで、ヤアロス国のアウヌクラス王にイリス連合国の盟主の座を奪われる。お前たちが無能なせいで、ぜーんぶ」
「……まだ、ダゴゼルガ城を奪還できた訳ではありません。我らが聞いたのは、ヘーゼン=ハイム敗北の報だけ」
「言い訳するなーーーーー! い・い・わ・け・を! す・る・なーーーーーーーー!」
「……」
シガー王は目を真っ赤にして、ブン殴る。
鮮血が舞うが、バーネスト将軍は頬すら触らず、黙ってその姿を見下ろす。
「もういい……もういいよ。貴様ら無能どものせいだ。全部。ぜーんぶ、貴様らがクソ弱のせい。下がれよ、もう。このクソ無能ゴミ虫どもが」
「……失礼します」
やがて、放心状態になったシガー王はあきらめたようにそうつぶやく。バーネスト将軍らは、浅く礼をして玉座の間を後にする。
「最悪ですね」
扉を閉めた途端に、副官のラウール将軍がつぶやく。
「もうダメだな、あの王は」
忠誠に足る者ではない。これであれば、他国にでも亡命した方がマシだ。そして、こんなゴミのような王を、今まで主君と仰いでいたことに対して、心底に後悔した。
他の軍人たちも全員が同じ意見だ。誰もが怒りを通り越して、呆れ返っている。
「ヤアロス国にでも行きますか?」
「……あそこは、グライド将軍以下生え抜きが軍部を固めている。今更行っても駒使いにしかならないからなぁ」
バーネスト将軍は、つまらなさそうにつぶやく。
「まあ、ゆっくり考えましょう」
「バカ、そんな暇あるか」
ノクタール国との戦が終われば、次のイリス連合国の盟主は間違いなくアウヌクラス王だ。だが、依然としてクゼアニア国の国王はあのシガー《無能》だ。
自暴自棄になったシガー《無能》ほど厄介なものはない。ヤツならば、自分たちなど平気で処断するだろう。
「いっそのこと、帝国にでも逃げますか?」
「……そうなると、手土産の一つでも必要になるが」
バーネスト将軍は、シガー王の首を差し出す光景を思い浮かべる。だが、亡命にはツテが必要だ。あいにく敵対国家にそのようなものはいない。
「一人いますよ。最近付き合いのある商人ですが、帝国ともパイプを持っているそうです」
「ほぉ……誰だそれは?」
「ナンダルと言うものです」
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