アウヌクラス王


           *


「ククク……ハハハハッ! ダハハハハ、ハハハハッ」


 同刻。ヤアロス国のアウヌクラス王は、『ヘーゼン=ハイム撃退』の報に高笑いを浮かべる。


「ほら見ろ! 大将軍級? バカを言え!」

「ええ、まったくその通りです」


 側近の大臣エロブス=ブルマが同意する。ダゴゼルガ城の戦闘は依然として継続しているが、そちらの盤面も有利に進めているとのこと。


「で? 実際の戦闘能力はどうだったのだ?」

「確かに将軍級ですね。それも、極上の。3人の将軍が必死に能力を駆使して、やっと撃退したんだそうです」

「ククク……なるほどな」


 確かに、魔法使いの能力としては非凡なものがあるらしい。将軍級3人を相手にして生存できたのだとすれば、相当な猛者だと言ってもいい。


 だが、大将軍級などでは決してない。例えば、グライド将軍など一度の戦で将軍級を6人屠ったこともある。全盛期の頃から衰えたとは言え、今も同じような芸当をやってのけるだろう。


 帝国の軍神ミ・シルなどはまさしく規格外の化け物だ。すでに百を超える将軍級の首を取り、未だ勢いは衰えず、破竹の快進撃を続けている。すなわち、大将軍級と言うのはそういうことだ。


「若造どもが。自身の能力の低さを露呈するのが嫌なだけであろうが」


 アウヌクラス王は勝ち誇ったようにつぶやく。敵が強大だと褒め称えれば、自分たちの評価が下がらないとでも思っているのか。敗者は即座に自身の至らなさを認めて、冷静な戦力分析をすべきなのだ。


「ええ、ええ。まったくその通りです」

「最近の若い者は、すぐに、自分たちの能力を過大評価したがる」


 アウヌクラス王はエロブスの合いの手に、言葉を緩ませる。浅はかな見識と浅はかな知見。その乏しい経験則で、いったい何を測るというのか。


 大将軍級など、そう簡単に生まれるものではない。帝国にはすでに4人。四伯と謳われる怪物どもが存在している。


 人口比で見てみればわかる。そこまで偏りが出るはずもないのだ。アウヌクラス王はヘーゼン=ハイムを間違いなく紛い物と判断した。


「ああ……早く次の諸王会議が開かれないかな」


 アウヌクラス王は恍惚めいた表情を浮かべる。


「やはり、あの無能なシガーの表情が見ものですよね」

「ククク……クククハハハハッ! ハハハハッ、ハハハハッ!」


 聞いてみたい。あの無能のシガーに対して、今がどんな気持ちか聞いてみたい。大将軍級大将軍級と騒ぎ立てて、結果、ヤアロス国の軍に撃退された今、『どんな気持ち? ねえ、今、どんな気持ち?』と煽り散らかしたい。


「だが、あの無能はすぐにキレるからな」


 さすがのアウヌクラス王も、シガー王が盟主でいる間におちょくる気はない。決着は次の諸王会議。この戦争の責任を追及し、盟主の座から引きずりおろした時。


 権力の座から引きずり下ろした時。狂ったように怒る無能の顔を見下しながら飲むワインは、さぞ上手いであろう。


 ざまあ。


 ざまあみろ。


 不意に、アウヌクラス王は先代盟主ビュバリオのことが思い浮かぶ。


「ククク……短命だったのが運の尽きだったな」


 数十年以上燃やし続けた恨みを晴らせるかと思うと、溜飲が下がる。先代盟主のビュバリオ王とアウヌクラス王は同い年だった。2人はあらゆる能力において比べ続けられてきていたと言っていい。


 不幸にも、相手は圧倒的なカリスマと器を持つ王だった。


 大将軍グライドが生涯忠誠を尽くしたのも、間違いなくビュバリオ王だった。アウヌクラス王に対しての忠誠は、ヤアロス国に生まれたと言うだけ。形だけの忠誠。形だけの主従関係。


 ビュバリオ王が死んだ時の、グライド将軍の嘆き方を見ればわかる。


 なぜ、同じ年でありながらこうも違うのかとアウヌクラス王はヤツを呪った。どうしてヤツはこれだけ人を惹きつけるのか。どうして自分の周囲には人が集まらないのか。


 それから、アウヌクラス王は変わった。あきらめたと言ってもいい。ビュバリオ王に負けを認め、忠誠を誓い、遜り、手足となって動いた。


 結果、ビュバリオ王はアウヌクラス王に全幅の信頼を置いた。


 最前線で戦うイリス連合国盟主の代わりに内政全般を請け負い、調整し、、世代交代が起きるのをひたすらに待った。


「まさか、ここまで無能になるとは思ってなかったが」


 思えば、ヤツも哀れなものだ。ビュバリオ王は戦に明け暮れ、家族を省みることなどほとんどなかった。王妃が早逝したことも性格が歪む原因だったのだろう。


 唯一、シガーに残したのはイリス連合国盟主という膨大な権力。


 それには当然、責任が伴うものだ。だが、アウヌクラス王自身は、それを教えなかった。敢えて言わなかった。何も教えず、遊ばせ、干渉せず、放置した。


「思えば哀れなものだ」


 アウヌクラス王は、ワインを傾けながらつぶやく。人は過ぎたる権力を持てば潰れる。そのための器がないにも関わらず、偉大な親の子であるからと言って突然、そんなものを継がされば誰だって狂う。


 これは、復讐だった。


 若かりし頃に、何をやっても勝てなかったビュバリオ王に対する復讐。ヤツの残した未来ごと、全てを簒奪し、台無しにする復讐。


「ククク……さて。仕上げと行くか」


















 アウヌクラス王は歪んだ表情で笑った。




 

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