守勢


 それから、諸々の策についてヤンと話し合っているとゴメス大佐(出世した)が部屋に入って来た。


「ヘーゼン元帥。ダゴゼルガ城にイリス連合国が侵略しに来ております」

「そうか。戦況は?」

「膠着してますが、油断はできません」

「……」


 ダゴゼルガ城には、軍師のシュレイとドグマ大将がいる。相手は強力だろうが、こちらの戦力の分配は申し分ない。守備に徹せば、まず、1ヶ月は攻撃に耐えうるだろう。


「敵軍の詳細はわかるか?」

「シュレイ殿の報告だと、連合国軍ではなくヤアロス国単独の攻撃であるとのことです」

「……内輪揉めが起きているな」


 商人ナンダルの情報だと、諸王会議でシガー王が将軍2人を見せしめに処刑したという。その異常な立ち回りが瞬く間に広がり、クゼアニア国では相当な混乱が生じているらしい。


 ヤアロス国のアウヌクラス王は、そこにつけこんで悪い噂を内外に広めているらしい。その間で、少しでも領地を刈り取ってやろうということか。


「……」


 どうやら、この両国間のイザコザは修復できないレベルにまで来たらしい。特にクゼアニア国とヤアロス国。イリス連合国の2強が揉めているのは、非常につけこみやすい。


「予想通り……ですか?」


 ヤンがジーッと見ながら尋ねる。


「いや。シガー王がここまで酷いとは想像ができなかったな」


 ある程度の逆上は想定していた。だからこそ、捕獲した伝書鳩デシトをそのまま諸王たちの下へと向かわせた。


 諸王との軋轢を発生させて、そこをつけ込めば勝機が出てくると思ったが、予想以上の効果を見込めたようだ。


「でも、最終的には強引に従わせたらしいですよ?」

「ブチ切れた無能ほど怖いものはないからな。だが、一度入った関係のヒビはなかなか修復されない。ノクタール国はここを攻めていく」


 そう言って、ヘーゼンはすぐさま立ち上がる。


「どこにいくんですか?」


 ヤンが尋ねる。


「ダゴゼルガ城に支援に向かう」

「そこまで急がなくても。シュレイさんのことだから恐らく策を施すでしょうし」

「邪魔にならないようにするさ」

「……すー、まさか」


 そう言いかけると、ヘーゼンがニヤリと笑顔を浮かべる。


「はぁ……本当に性格悪いですよね」

「同じことを思い浮かべると言うことは、君も相当性格が悪いと言うことだ」

すーに言われたら、死にたくなりますけど、わかりました」

「……」


 ヤンにも十分にわかっているようだ。組織には、有能な者と無能な者がいる。それは、性質上一定程度存在し、排除し得ない。必然的に無能な者を切り崩した方が効果的だ。


 ヘーゼンは組織を『個人個人の集合体』と捉える。組織対組織でなく、個人対個人の団体戦。その中で、有能な者たちと対峙しようなどと馬鹿のやることだ。一定数いる隠れた無能にこそ、付け入る隙があるのだ。


「戦力の調整は頼んだ。ノクタール国を俯瞰して見るのは君かシュレイしかできない」


 イリス連合国の守護神グライド将軍がクゼアニア国に入国したと聞いた。今の状況では、よほど攻勢に出ることはないだろう。


 大将軍級でなければ、ジオウルフ城にカク・ズ。ロギアント城にはギザールで問題ないはずだ。


 ガダール要塞はジミッド中将と元帝国将官のギボルグがいる。若干戦力が心許ないが、地理的にも攻めにくい。兵も厚めに配備しているので、援軍到着までは守れるはずだ。


 あとは、ヤンが調整役バランサーになって戦力を配分すれば、どこから攻撃が来た場合も対処ができるはずだ。


「グライド将軍の動向は常に探らせておけ。万が一、前線に出て来そうならば、僕が出てくるまで防戦を続けろ。間に合わないと判断すれば城を捨てて撤退しなさい」


 ヤンに判断ミスはないと思うが、念のために言い含める。有能な軍人ほど、1つの戦果で一喜一憂はしないものだ。この少女ならば、躊躇なくやるだろう。


「わかりましたけど、カク・ズさんとギザール将軍でも勝てませんか?」

「……」


 『この2人での共闘では?』と言うことだろう。単純な戦闘力で言えば、凌駕する可能性も十分にある。ギザールもカク・ズもイリス連合国の将軍以上の力はある。


 だが、カク・ズは共闘に向いていない。魔杖『凶鎧爬骨きょがいはこつ』は、自身を狂戦士バーサーカー化する魔杖だ。感情の制御をするのに精一杯でギザールと連携することは望めないだろう。


「戦ってみなければなんとも言えないが、勝算は薄いと思う。そして、今、僕は2人を失う気はない」


 ヘーゼンにとって、カク・ズとギザールは貴重な戦力だ。ロギアント城もジオウルフ城も名城ではあるが、2人の価値にはまったく及ばない。


「と言うことで、あとは任せた」


 ヘーゼンは颯爽と部屋を去って行った。

 

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