突撃


           *


 カク・ズがクド=ベル将軍を討ち取って。戦況はノクタール国に風が吹く。圧倒的な暴の力を示した狂戦士を前に、兵たちはなす術もなく逃げだし始め、軍は散り散りに霧散した。


「……解放アーク


 ヘーゼンは、動かなくなったカク・ズの鎧に触れて口にする。すると、鎧が離れ鎖状の剣と同化した。そして、そのまま崩れ落ちる巨漢の身体を、ヘーゼンはガッチリと支えた。


「ギシシ……疲れた」

「……よくやってくれた」


 だいぶ疲弊している。さすがに、将軍級との一騎討ちは骨が折れたか。実際のところ、ギリギリの死闘であったと推察する。


 カク・ズは狂戦士化された時に湧き起こる膨大な殺戮本能と戦っている。感情の赴くがままに身体を動かしても、クド=ベル将軍のような強敵には勝てない。


 常人ならば半日で発狂するほどの異常な訓練。超過密の学生時代にカク・ズはそれに耐えきった。それは、数十年に及ぶ途方もない訓練すら遥かに凌駕するとヘーゼンは断言して言える。


 鋼鉄を超える耐久力タフネス、強靭かつしなやかな精神性メンタリティ、この2つを備えているからこそ、野性と剣技の融合が可能となる。


 とは言え、劇薬カク・ズはもう使ってしまった。将軍級1人に、軍長4人。残りは、将軍2人に軍長11人あまり。


「兵に与えた損害は、約1万。素晴らしいです」

「……わかった」


 ゴメス中佐が嬉しそうに報告してくるが、予想よりも少ない。クド=ベル将軍が勢いを止めたせいで、与えられる被害が抑えられてしまった。


「ジミッド中将の部隊は?」

「奮戦してます。こちらもだいぶやられたようですが、軍長を1人討ち取ってます」

「それは……大丈夫か?」


 ヘーゼンは思わず確認する。いくらなんでも、深入りし過ぎではないのか。


「それが、帝国将官のギボルグが救出に出て、事なきを得ています」

「そうか」


 なかなか臨機応変の動きをするなと、ヘーゼンは感心した。前線の後方支援が適当ならば、案外ノクタール国にはいない人材なのかもしれない。


「だが、ドグマ大将に負担がかかるな」

「はい」


 結果的に、かなり歪な攻勢ができてしまった。その分、全軍のバランサーである彼が配分を取らなくてはいけない。


「この後は、どうなされますか? 少し下がって様子見ーー」

「突撃だ」

「……えっ?」

「今は徹底的に敵の士気をくじく時だ」


 再び跳躍すると、相手の軍から狙い撃ちされる危険度リスクがある。火竜咆哮かりゅうのほうこうもこれで3度目だ。


 奇襲ならまだしも、何度も使える手ではない。


「で、ですが元帥とは文字通り軍のトップでーー」

「トップだから先頭を行くんだ」

「……っ」


 ヘーゼンはキッパリと言い切った。要するに、役割の問題だ。軍の精神的安定性を保つのは、ドグマ大将。勢いを保つのはヘーゼン。それを両立させることによって、イリス連合国の士気を圧倒する。


 圧倒的な戦力をひっくり返すには、圧倒的な蹂躙しかない。


 そして、数秒後には馬にまたがり、前方に向かって駆けて行く。目指す先は、先ほどジミッド中将が攻め入っていた箇所。風穴を開けてくれたそこに、塞げないほどの大きな風穴をあけてやる。


「は、放て! 放てーーーー!」


 四方八方。至るところから、弓、魔法弾が集中するが、手前で発生するが次々と攻撃を阻んだ。


 左手に持っているのは、氷雹障壁ひょうびょうしょうへき。瞬時に大気中の水蒸気を凍らせ、自動で防壁を張る魔杖である。


 ヘーゼンはその間、右手の魔杖を振い、氷の円輪を無数に放った。その数は、実に百以上。そして、敵の右足、右腕がバラバラに吹き飛ぶ。


「ぐわあああああああああっ!」


 至るところから聞こえる断末魔の叫び。


 こちらは、昔、クミン族から奪った魔杖『氷円ひょうえん』である。7等級の宝珠を使用した魔杖だが、改造したことで、一つの円輪ではなく、多数の円輪を生み出すことに成功した。


 雑兵相手の露払いなら、むしろ、低レベルの魔杖が都合がよい。


 そして。


 周囲に誰もいなくなった時、ヘーゼンは氷円を投げ捨て、手に収まった魔杖を地面に深々と突き刺した。


 夜叉累々やしゃるいるい


 地中か死兵たちを出現させる5等級の宝珠を持つ魔杖である。その数は数千にも及ぶ。それで、イリス連合国ほ兵たちは更なる混乱を引き起こすはずだ。


 しかし。


「……」


 ヘーゼンの目論見に反して、夜叉累々やしゃるいるいが発動しない。

 

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