*


 数キロ以上の炎上により、数軍が恐慌状態。死者数百、負傷者が数千。軍長が1人即死。


 開戦して10分足らずの被害である。


「くっ……化け物め」


 イリス連合国将軍のクド=ベルは忌々し気につぶやいた。十分に言い含めたつもりだった。『相手は、救国の英雄グライド将軍並みだと考えろ』と。


 敗者の戯言たわごとだと思われたのか。


 ロギアント城の敗戦は、盟主シガー王にとってはいい面の皮だった。逃げ帰ったクド=ベルも、他の軍長も、大勢の臣下たちの前で、かなりの罵詈雑言を吐かれた。


 辱めは甘んじて受けた。どう言い訳をしたところで、城を奪還されて、おめおめと逃げ延びたという事実に変わりはないのだから。


 それでも、このイリス連合国の将軍として、責任を持って伝えたつもりが。


 ヘーゼン=ハイムの戦い方は、他の魔法使いとは明らかに違う。大抵は、雑兵に魔法を使わない。ポイントとなる場面、もしくは強力な魔法使いと対峙するタイミングに備えるものだ。


 魔法使い同士の戦いにこそ、自身の魔杖を存分に振るうのが定石だ。


 しかし、ヘーゼンは、魔力の温存など考えもせず、魔法の使えない兵たちに対して、どんどん強力な魔法を繰り出していく。


 そして、それはイリス連合国にとって……いや、クド=ベルにとっては予測通りだと言っていい。


「伝令を持って伝えろ! 『大将軍級の備えをしろ。さもなければ、今すぐに私が殺しに行く』と!』

「はっ……はっ!」


 兵は戸惑いながらも頷き、去って行く。軍長一人は失ったが、これで彼らも認識せざるを得ないだろう。安くはない代償であったが、十分に挽回できる。


「ヘーゼン=ハイムめ。戦はこれからだ」


 クド=ベルは、自身の軍をノクタール軍に目がけて進軍させた。こちらは、火竜咆哮かりゅうのほうこうによる被害を受けてはいない。


 目的は、遠隔広範囲の魔法を使わせないため。


 ヘーゼンは、氷雹障壁ひょうびょうしょうへきという絶対防御を持っている。このままの距離で戦闘を行うと、一方的にされるがままだ。


 しかし、あまりに近づきすぎると、ヤツの繰り出す魔法を防げない。最適なのは、イリス連合国の魔法使いが対応できる中距離で、限定的な魔法を放ち続けされることだ。


 不能者役立たずの兵は、ヘーゼンに捧げる生贄だ。


 人の身であれば魔力は無限ではなく、いずれは枯渇する。そして、いくら膨大に魔力を保有していたとしても、自然回復を待たなければいけない。


 ロギアント城での戦から1ヶ月余り。あれだけの魔法を駆使して、すべての魔力が戻っているとは考えづらい。


 であれば、より少ない兵隊ぎせいで、魔力を使わせていけばよい。ヘーゼン=ハイムに対しての持久戦。それが、クド=ベルの出した結論だった。


 炎上で混乱している兵たちを超えて、クド=ベルは、中距離付近で対峙した。彼を守るのは、近衛団と呼ばれる魔法使いの精兵ばかりだ。そう易々と遠距離魔法は喰らわない。


「……」


 ヘーゼンの顔が見えるほどの距離。


 しかし、気になったのは隣にいる巨漢の戦士の存在だ。周囲から見ても、一際感じる圧倒的なサイズと筋力。


 それに。


 手に持っているのは、異様な大きさの長物。盾のような鋼鉄がついている。クド=ベルの目には、それが異常なほど禍々しく見えた。


 そして。


「はっ……ぐっ……」


 ヘーゼン=ハイムの瞳には、勝ち誇った笑みが見受けられる。実際には無表情だ。しかし、まるで、クド=ベルの思考をすべて読み取っているかのように見える。


 気のせいだ。


 そんなはずはない。


 クド=ベルは、何度も何度も首を振り、視線をヘーゼンから逸らす。そして、再び全体を見渡すと、隣にいた巨漢の戦士が地面に槍を突き刺し、天に向かって叫ぶ。


凶鎧爬骨きょがいはこつ


 長物に纒う鋼鉄が彼の身体にまとわりつく。瞬く間に漆黒の全身鎧と化したそれは、まるで猛り狂った獣のようだった。


「……っ」


 規格外の殺気。


 異常なる狂気。


 死を予期する凶気。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 魔獣よりも猛々しい咆哮とともに、単騎で漆黒の鎧を纏った戦士が突っ込んでくる。


 瞬時に。


 数十メートルに及ぶ鎖状の刃が一瞬にして伸び、一振りで数十人の首が飛ぶ。間髪入れずに、瞬時に近くにいたザルヲス軍長の元へと移動し、頑強な彼の首を力任せにちぎった。


「ぐっ……はっ……」


 なんという凶々しい暴。その速度も力も圧倒的だ。なんという蹂躙。あまりの恐怖に、兵たちは逃げて行くが、容赦なく彼らの首を刈り取って行く。このような隠し球を、まさか一日目から出してくるなんて。


 異常なる狂戦士。


 そして、ヘーゼン=ハイム。


「……」























 ああ、圧倒的な暴に消されるのだなと、クド=ベルは自身の運命を悟った。


 

 

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