ジオウルフ城
*
遡ること3日前。ノクタール国の本軍は、ジオウルフ城の前にあるラムダム平原に布陣を取った。
イリス連合国軍は12万。対して、ノクタール国軍は3万。誰もが絶望的に思うような兵力差にも関わらず、そこに悲壮感はない。
誰もがへーゼン=ハイムという化け物なら、と思っているからだ。
しかし、それは敵側も同じだった。前のような全軍突撃のような策は使えない。ロギアント城奪還で、へーゼン=ハイムの名は随分と世に広まってしまった。
あの戦は、誰もが無謀だと思ったからこそ油断が生じた。今回は、敵陣にも余裕だと構える軍はいない。
「グライド将軍の動向は?」
へーゼンが隣のゴメス少佐に確認をする。
「この戦には参加しないようです」
「……そうか」
ニヤリとへーゼンが笑みを浮かべる。やはり、意思決定がかなり遅い。イリス連合国の中にカリスマ的な盟主がいないからだ。
元々、『連合国』と言う形態は、長い期間には向かない。互いの国家が各々の領土に対して大きな権限を持っているからだ。
あの大将軍との決着はこのような舞台では相応しくない。
ラムダム平原は戦の気配が漂い、互いの布陣から緊張感が走る。
「向こうには、3人の将軍がいるな」
「ジライヤ=ザズド将軍、クド・ベル将軍、ライザム=ドクアドルフ将軍です」
将軍級ともなると、かなり戦力が分析されている。それでも、戦場で生き残っているのは、彼らが紛れもなく強者だからだ。
前の戦いの生き残り、クド・ベル将軍もいる。
一対一に持ち込めば確実に勝てる。だが、イリス連合国はへーゼンに対しては、それを徹底的に避けるだろう。
「15人の軍長も要注意です。今回の規模は、次元が違う」
ゴメス中佐は、絶えず悲観的に物を言う。だが、理由もわからなくはない。ヘーゼンの
これまでの戦に使用してきて、全てではないだろうが、ある程度の分析はされているだろう。
相手方は、こちらの戦略をすべて曝け出して来ようとするだろう。対グライド将軍の戦いまでに、どれだけの魔杖を温存できるか。
ノクタール軍で対抗できるのは、ドグマ大将とジミッド中将、そして、カク=ズだ。あとは、帝国将官からギボルグ=ガイナを軍人に転換させた。
将軍級に対抗できるのは、カク=ズのみ。
必然的にへーゼンは将軍2人と軍長12人を相手にしないければいけない。しかも、圧倒的な戦力差を埋めながらだ。
現場では、軍神のような扱いを受けているが、側で見てきた幹部たちにはそこまでの楽観的な色はない。彼らは、ヘーゼンがどれだけの時間を費やし軍略を練り、寝る間も惜しんで必死の連携を模索していたことを知っているからだ。
だが。
「策はあるのかよ?」
「……」
ジミッド中将が自身の
まあ、こんなやつもいる。
「今まで重ねてきた作戦を聞いてたのか? 脳筋は羨ましいな、悩むことがなくて」
ヘーゼンは小さくため息をつく。
「くっ……相変わらず、嫌なやつだ」
「まあ、君のような男は戦場では十二分に働いてくれる。頼りにしているよ」
「な、なにを言ってやがる」
ジミッド中将は顔を赤らめて、そっぽを向く。
「照れるなよ。気持ち悪いゴリラか」
「こ、こ、殺すぞテメー!」
顔をますます真っ赤にして、ジミット中将はこちらに殴りかかってくる。ゴメス中佐が必死にそれを食い止める。
その余裕で。
周囲には、安堵の雰囲気が包んだ。
「……よし」
へーゼン=ハイムは、いつだってへーゼン=ハイムを演じている。
どれほどの苦境でも。どれほどの難関でも。たとえどう転んだところで負けであっても。へーゼン=ハイムは不敵な表情を浮かべ、味方を鼓舞し、敵を絶望に陥れる。
「……そろそろか」
「えっ?」
「ダゴゼルガ城の戦が始まる」
ここから8日以内で。早ければ1万の援軍が来るだろう。
11万対2万。
だが、へーゼンは余裕の表情を崩さない。
このような修羅場は千を超えてきた。幾万を経た戦の膨大な経験則が、黒髪の青年に確信的な笑みをもたらす。
「さあ、こちらも始めるか」
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