魔獣


          *


 遡ること、7日前。ダゴゼルガ城の北部に位置する山で、それは起こっていた。外から見れば、いつもの如く魔獣同士が争っているだけ。


 猛り狂う咆哮など、日常茶飯事。外を守る門番たちは滅多に起こらない彼らの山下りを心配するだけだったから。


 だが。


「ぐぎゅあああああああああああ!」


 森の深淵部で。3メートルを越える月鋭熊の首を、漆黒の鎧を纏った狂戦士がねじきった。


「グオオオッ……オガァアアアアアア!」


 猛烈なスピードで突進してくる南方虎を、真正面から受け止め、異常なる膂力でその内臓を抉り取った。


 数十匹の漆黒狼が四方八方から一斉に襲いかかってくる瞬間、カク・ズは、右手で持っていた魔杖を振るった。


 それは、鎖状の剣。数十メートル以上の伸縮性を誇るそれは、紛れもなく異様だった。咆哮をあげる間もなく、地面は漆黒狼たちの血で染まった。


 周囲をすべて駆逐した全身鎧の巨漢は、天に向かって咆哮をあげる。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「「「「「……っ」」」」」


 壮絶な食物連鎖の頂点を争っていた凶暴な魔物たちが愕然とする。そんな猛々しく、雄々しい、凶々しい音だった。


 凶鎧爬骨きょがいはこつ


 全身に魔力が行き渡り、その視覚、嗅覚、味覚、知覚、聴覚の五感。また、膂力が超人的に上昇する。


 しかし、代わりにカク・ズの自我が失われ、凶戦士バーサーカー化する。それが、例え味方であっても変わらない。


 ただ、能力を解放したその瞬間に自身に命じた言葉のみを遂行する。


 今回、カク・ズに命じたのは、『この一帯の動物を全て駆逐しろ』である。北に潜む魔物さえ一掃すれば、ここから容易にダゴゼルガ城にたどり着くことができる。


 やがて。


 魔物たちは、それぞれ弱々しげな咆哮をあげる。絶対的な暴狂種がこの場を支配した瞬間だった。少なくとも、これからカク・ズの出現する場所には、存在することすら許されない。


 種としての敗北を喫した魔物は、東の山へと移動を始めた。再びその場で、壮絶な弱肉強食が繰り広げられることを覚悟して。


「凄まじいな」


 シュレイはゴクリと喉を鳴らす。一方で隣にいたへーゼンは平然とした表情を崩さない。


「単純な攻撃を繰り返す魔物に、カク・ズの負ける道理はない。それより、ここからもう一歩進むと、気配を勘づかれ殺されるぞ」

「……用心します」


 茶髪の青年はゴクリと喉を鳴らし、一歩下がった。


            *


 北の森に住む魔獣を駆逐して、ダゴゼルガ城に侵入する。単純な作戦だが、肝心なのはタイミングだ。初めから別働隊で行けば、北に兵を配備して守られる。


 1日目。風花の団と炎檄の団を対峙させ、後方に氷烈の団を温存した。夜になり、互いに兵を退いた時、風花の団と炎檄の団にいる数百の精兵を北の森へと投入し、氷烈の団から2団へ補充をかけた。


 序盤は、魔法使い同士の戦いになることは少なく、不能者(魔法が使えない者)同士の戦いになる。それを見越してのものである。


 後方の団であれば、兵数が少なくなった時に肌感で見極められることはない。ダゴゼルガ城は低地にあり、山はノクタール国側、もしくは魔獣が住まう周辺の山々しかないので、上から俯瞰して見られることもない。


 あとは、彼らが援軍を出すタイミングを見計らえばよい。イリス連合国の意思決定が遅いのは、予測していた。諸王が援軍を渋ることも。


 ダゴゼルガ城から援軍を派遣せざるを得ないことも、敵の軍師がそのことに気づくことも。


「思ったよりも、早かったな」


 3日目。陽が沈み込み、イリス連合国の第1軍と第3軍が城へ戻ろうとした時。


 シュレイは勝ち誇った表情で、城郭から彼らを見下ろす。


「ば、バカな……」


 当然、この距離だと聞こえはしないが、口の動きでそんなことを言っているのがわかる。シュレイもまた、彼らにわかるよう、満面の笑みで大袈裟に口を動かす。




















「助かったよ。バカな奴らで」

「……っ」

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