*


 ダゴゼルガ城。ギザール要塞から西に位置し、軍長3人が守りにつくイリス連合国の拠点である。規模としては大きくはないが、地理的な要因で、攻め込むのが難しいと言われている。


 南、北、東。それぞれが山に囲まれており、かつ、凶暴な魔物の巣窟である。侵入を試みれば、まず、甚大な被害を被り戦争どころではない。


 それゆえに、城前に広がるゼマルコス平原。中央に位置するこの平野を制することが、この戦の勝利に繋がる。


 日が昇り。戦の開始が、今か今かと差し迫る。両軍が膠着し、緊張感でヒリついている。どちらかが動けば、即始まる。


 イリス連合国の兵数は各隊5000で15000。3隊で構成されている。


 対してノクタール国は傭兵として雇った炎檄の団。烈氷の団。風花の団が各々配備する。先に配備したのはこちらなので、苦手属性を合わされた形で敵が配備したと見ていいだろう。


 そんな中、あたりを見渡せる側の山で、シュレイは手を額にかざしながら笑顔を浮かべる。


「いやあ! 絶景絶景」

「ほーんとですねー」

「……」


 隣にいるのは、黒髪の幼女。こんな、のほほんとした6歳児のような子がヘーゼン=ハイムの一番弟子というのが、にわかには信じられない。


 ヘーゼン=ハイムについての能力は疑いようがない。どの程度の智者か見極めようと、身を隠してみたが即効で見破られた。


 歳はそこまで変わりない……いや、もしかしたら自分よりも歳下の可能性すらある。にもかかわらず、恐るべき洞察力と鋭過ぎる知謀、信じられないほど深い見識を兼ね備えている。


 しかし、このヤンという少女は、未だヘーゼンの弟子という認識しかない。頭の回転は早そうで口は達者だが、ヘーゼンほどの圧倒的な才能は持ち合わせていないようにも見える。


「……」


 シュレイがジッと観察していることなど、気にする仕草もなく、ヤンはグッタリとあぐらをかいている褐色の剣士を揺り動かしている。


「ラシードさん。寝ないでくださいよ」

「う゛ーっ。飲み過ぎた」

「……」


 この気まぐれな男が、珍しく従順だ。かなり自由奔放な性格なので、気に入らないヤツとは仕事をしようとしないのだが。


「なんで二日酔いになるまで飲むんですかね、大人って」

「……ヤン。早速だが作戦を開始する」

「はい、どうぞ」

「君ならどうする?」

「えっ? 

「……っ」


 一瞬にして。シュレイは背中からドッも汗をかく。


 見抜いているのか。黒髪の少女は、そのクリクリとした瞳で、心の奥を覗き込むような発言をする。


 それは、まるでヘーゼン=ハイムのように。


 試すような発言をしたのに。


 まるで、試されているかのような。


「ま、まあいい」


 シュレイが手を挙げると、部下が狼煙を上げる。すると、中央の風花の団が先陣をきって攻め始めた。両翼の2団は、未だ動かずに待機している。


「……」


 戦争はしばらく膠着状態が続く。相手の軍長はガオラス=レギーナ。実力としては、風花の団団長のリライが勝っているが、やはり、相性が悪いらしく苦戦を強いられている。


 やがて。


 シュレイは再び狼煙を上げさせた。すると、炎檄の団が突撃を開始する。それに、呼応してイリス連合国の軍長バリア=リーガスが突っ込む。互いに攻撃型らしく、双方に被害が出ているような状況だ。


 またしても、戦は膠着状態に陥る。戦況は芳しくない。互角の戦いを強いられているのなら、いずれ数で押し込まれる。


 しかし、ヤンは冷静に戦場を眺めている。


「なにか策はあるか?」

「私ですか? いや、特にないです」

「……このまま、戦を続けて勝ち切れると思っているのか?」

「んー、どうなんでしょうね」


 ヤンはつぶやき、曖昧な返事をする。


「……」


 そのまま戦が膠着状態で夜になり、互いに部隊を引き上げさせた。戦死者もある程度出てきて、満身創痍の兵たちが引き上げてくる中、ヤンはパンと手を叩いてつぶやく。


「さて。

「……っ」


 この瞬間。


 シュレイはヤンに策が読まれていることを確信した。

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