身体
*
ノクタール国のロギアント城。トマス筆頭大臣の眼前には、これまで見たことのない光景が広がっていた。ノクタール国の大臣、帝国将官、平民出身の新大臣たちが日夜激論を飛ばして、働いているのだ。
それに釣られるように、下の将官たちも常に急ぎ足で駆け回っている。誰もが必死に、危機感を持って。
しかも、ほとんどがイリス連合国との戦争に備えた前向きな施策について議論している。一つの方向性に向かって、まさしく死に物狂いで働いている。
そんな中。
ひときわ、元特別顧問のケッノが声を張って右往左往していた。本来なら、『頑張っているな』と評価したいところではあるが、悲しいかな、彼から出てくる資料は皆無。ならば、なにをしているのかと言う話になる。
トマス筆頭大臣がコッソリと注視していると、ケッノは机に山ほどの資料が並べられている中、サッと綺麗に整頓をしてキッと近くにいた者を睨む。
「こら! 貴様、資料が折れ曲がっているぞいやむしろ折れ曲がりまくっているぞ!」
「っと。申し訳ない」
「資料の乱れは心の乱れーー」
「申し訳ない。今は、急いでるので。ゼナク内政大臣。当面の戦争資金捻出案ですが」
「……っ」
平民出身者のロラステールが雑に会話を打ち切る。悲しいまでの、アウトオブ眼中。
しかし、ケッノは懲りずに他の資料のある一点を見ながら突っ込む。
「ウンコラス! これ! これの
帝国の中では一番若く、低い爵位の将官に向かって怒鳴る。彼は少々面倒くさそうな表情を浮かべたが、帝国内の序列もあるので、仕方なく説明する。
「ああ。それですね、優先度低かったので後ろ倒しにしました。トマス筆頭大臣にも報告しましたよ」
「なっ……私は聞いていないぞいやむしろ断固として聞いていない!」
「いや、だからーー優先的な」
「
「ちっ」
「……っ」
ウンコラスに、まるで生ゴミを見るかのように舌打ちをする。それだけで、ケッノは逃げるように視線を逸らして「あー、忙しい忙しいいやむしろ私2人はいるな」と財政グループの群れに加わる。
「うーん。なかなか、いい考えが浮かばないですね」
帝国将官のジャイナコフが苦悶の表情で唸る。ノクタール国財務大臣のバズバラもまた、厳しい表情を崩さない。
「難題は承知だが、やらねばならない。これだけ膨大な軍備を捻出するための財政案が少なくともあと、10個は必要だ」
「いや、しかし、もうかなり出し尽くしましたけどね」
「ジャナイコフ。では、この資料の
いつのまにか。
ケッノが隣に立っていて、『悩み、相談を聞いてやる』という立ち位置を確保する。
「……えっと、具体的にはどう言うことですかね?」
「ぐ、具体的に?」
「はい。あまり時間がないんで、いい案があるならば書き連ねたいんですよ」
「い、いやだから! むしろ、だ・か・らぁ! いい案を思い浮かべるために
「じゃ整理してみてください」
「……っ」
ジャイナコフは悪気なく口にする。
「いや、本当に時間がないんですよ。私も煮詰まっちゃってるんで、情報整理してみてください」
「お、お、お前が持っている情報が私にわかる訳ないじゃないかいやむしろなにをいきなり無茶振りすぎるだろむしろ!」
「い、いや。じゃ、なんでこの財政グループに?」
「……っ」
「途中から加わってくれるだったら、議事メモ残してるんで、それ読んで意見欲しいです」
「なっ……おかしいだろいやむしろおかし過ぎるだろう! なんでアドバイス求めるのに、私がわざわざお前らのメモを読み返さないといけないんだお前が説明をしろ説明を!」
「……あっ、わかりました。じゃ、もういいですから黙っててもらっていいですか?」
「……っ」
慌ててケッノは他のグループへ逃げるように移動する。
そんな中。
「あれ、さっきもいたっけ、
「……っ」
別のグループからヒソヒソ声が聞こえる。
「いや、
他のグループから聞こえる圧倒的な罵詈雑言。雑に
しかし、確かに文字通り死に物狂いで働いている中では、ものすごくウザい存在かもしれないと、トマス筆頭大臣は思う。
「はぁ……本当に忙しいいやむしろ本当に忙しい」
「……っ」
右往左往。右往左往。右往左往。忙しそうなグループの横に立ち、なにかわめき散らした後、別のグループに移動している。
手持ち無沙汰になった時は、決まって机に並べられている資料を綺麗に整頓し、「書類の乱れは心の乱れだぞ! 整理整頓」と連呼し、これ見よがしにこちらをチラチラと見てくる。
「いや、トマス筆頭大臣。忙しいですないやむしろ死ぬほど忙しい。私がいないと整理整頓もままならないのだから」
「……っ」
そんな中。ヘーゼンが部屋の中に入ってくる。瞬間、全員の視線が彼に釘付けになり、死が迫ったような緊張感を増す。
しかし、黒髪の青年は気にせずにトマス筆頭大臣の元へと向かう。
「どうですか調査は?」
「そ、それが……」
トマス筆頭大臣がチラッとケッノの方に視線を送ると。
「……」
ヘーゼンは数秒ほど彼のことを観察して。
「うん、いいクズだ」
「……っ」
とつぶやいた。
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