グライド将軍
西方のジブロス平原。膠着した戦況を、巨漢の老兵が静かに眺めていた。
救国の英雄グライド。
イリス連合国を形成した時に、侵略する帝国軍をことごとく打ち破り、文字通り救世主となった男である。年齢はすでに80歳を超えるが、強力な魔法使いは総じて寿命が長い傾向にある。衰えなど見せず、魔力、剣技ともに未だ充実期だ。
そんな中、伝令が息をきらしながら走ってきた。
「グライド将軍! シガー王が『すぐに戻って来い』と」
「また……あの坊は」
巨漢の老兵は、大きくため息をつく。『親の七光』と言う言葉が、あの男には似合いすぎている。亡き前盟主と比べれば、それは可哀想と言うものだが、それでも、もう少しなんとかならないものかと思う。
「今は戦中じゃ。『すぐには戻れない』と伝えろ」
「し、しかし……それでは盟主に逆らったことに」
「見てみろ。戦況は拮抗している。撤退するにしても、体制を整えねば。あの坊も、『背中に刃を受けても戻れ』とは言うまいて」
「はっ! かしこまりました」
「それと……アウヌクラス王に報告し承認を取れ」
どうせ頭に血が昇り、さまざまな手続きをすっ飛ばして命令をしたのだろう。わざわざ、こちらで体裁を整えてやらねば、こっちが後で責められる。
「とは言え、撤退の準備も必要か……少々薙ぎ払う」
グライドはそう宣言して、巨大な槍のような魔杖を持ち馬に乗で駆ける。
数分後……
「ぐ、グライド将軍だ! グライド将軍が現れたぞ!」
まるで災厄のように。敵国のバベズ国の兵たちが叫び、襲いかかってくる。
「
グライドはそうつぶやき。
水平に軽く槍を動かしただけだった。しかし、たちどころに大炎が巻き起こり、一帯が火の海になる。数百人を越えるバベズ国の兵たちは、たちまち火だるまとなった。
「あ、相変わらず馬鹿げた威力ですね」
副官の将軍ゲイルが苦笑いを浮かべる。
「お前たちにも、せめて、これぐらいはやってもらわなくては困るのだがな」
「む、無茶言わないでくださいよ」
「はぁ……情けない」
巨漢の老兵は、またしても、大きくため息をつく。いずれは後進に
隣にいるゲイル将軍も同様だ。いまいち、野心でギラギラしたような、貪欲なところがない。老人の苦言と思われるかもしれないが、昔はこぞって一級宝珠の魔杖を欲しがったものだが。
欲しがらない理由はわかっている。莫大な魔力消費と難解な魔力操作だ。一級宝珠ともなれば、次元が違うほどのそれを要求される。必然的に操ることができる者も限られてくる。
一方で、ゲイルは説教から逃れるように、話題を変えた。
「聞くところによると、今度の敵は、ノクタール国らしいです」
「……あの小国相手に、ワシが呼ばれるとはの」
最近では、血の湧き立つような戦場はない。願わくば、軍神ミ・シルと一戦交えたいのだが、もはや身分がそうさせてくれない。
「なんでも、ヘーゼン=ハイムと言う魔法使いが信じられぬほど強いと報告を受けております。知っているでしょう? ロギアント城の陥落とバガ・ズ将軍の戦死は」
「……なるほど。相手にとって不足はないわけか」
そうつぶやきながら。もう片方の手で、鞘に収まっていた剣のような魔杖を抜く。すると、刀身から巨大な氷刃が発生し瞬時に数百メートル先へと拡がる。
先には、なす術もなく氷漬けにされたバベズ国の将校たちが立っていた。
右手に槍。左手に剣。炎氷一体で戦場を駆け回るのが、グライドの基本スタイルだ。
2撃。ただ、それだけで膠着していた戦況がイリス連合国に傾いた。
「……両手で魔杖を操れるだけで物凄いのに、これに加えて例のものまでお持ちなのだから」
ゲイルが思わず舌を巻く。
「久しぶりに全力を尽くせる相手だといいがの」
グライドは、特級宝珠の持ち主である。これは、数年に一度、偶発的に掘り起こされる宝珠のことである。形などはさまざまで、その価値は小国並みだ。
そして、その使用方法も他の魔杖とは規格外だ。彼自身、数えるほどしかこの魔杖を使用していない。
そのあまりに強大な魔杖は、
「っと。全滅させるところじゃった。ゲイル将軍、あとは任せた。ワシは寝る」
「えっ……ちょ……グライド将軍!?」
慌てふためく若き将校を尻目に、巨漢の老兵は陣営へと戻る。
「ヘーゼン=ハイムか……退屈でなければいいがの」
グライドは、テントで仰向けになりながらつぶやいた。
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