理由


 ジオウルフ城とダゴゼルガ城。互いに近い地理ではないが、両方とも首都ガニクマサラに到達するための要所でもある。


「理由は?」

「両方とも盟主国であるクゼアニア国の領土です」

「なるほど」


 ヘーゼンはニヤリと笑みを浮かべる。無数に存在し得る理由の中では、最も興味深い答えだった。敵国の心理まで覗き込むような戦を仕掛けられる者は、なかなかいない。


 これまで切り取ったギザール要塞、ロギアント城はいずれもクゼアニア国の領土である。イリス連合国の盟主国のみを攻め続けた時、盟主シガーの激怒具合は容易に推し計れる。


「先王ビュナリオは、圧倒的なカリスマでした。イリス連合国に連ねる諸王も、『彼ならば』と異論を挟む者はおらず、イリス連合国は破竹の勢いで国土を伸ばしていきました。だが、シガー王にそこまでの器があるかは甚だ疑問です」

「親の七光の2代目という訳か」


 シガー王の評判には、ヘーゼンも注目していた。性格は短気なところがあり、諸王との関係も今一つと言ったところだろうか。


「出来すぎた親を持つ者は、居心地が悪くなるものです。そうした時に、取る行動は2つ。反抗するか、逃げるかです」

「なるほど。君と同じ、と言う訳か」


 ヘーゼンが悪戯っぽく微笑むが、シュレイは一転して真面目な表情を浮かべた。


「……私こそ意外でした。父をそこまで評価して頂いていた方は、多くない。特にあなたのような方には」

「あなたのような方か……僕がどう見えているかはわからないが、トマス筆頭大臣は優秀な方だ」

「……」


 シュレイはフッと下を向く。それが、ヘーゼンの言葉の否定なのか、父に対する後ろめたさなのか、判別はつかなかった。


「ドグマ大将とともに、ノクタール国を必死で支えてきた。目立った優秀さはないが、気骨があり他の意見を聞く柔軟性を持つ。理不尽に耐えぬく胆力も兼ね備えている」

「……昔は」


 ボソッとシュレイがつぶやく。


「父を愚鈍だと見下したこともありました。先王が帝国と同盟を結んだ時も、頑なにノクタール国から出ることを拒んだ」

「なるほど。先見の明は、確かに君にある。だが、結果とは常に予測通りに動くものではない。いや、むしろ、動かすのは自分であると必死でもがく者こそ、本物だ。彼はある意味で君の予測を裏切った」

「……」


 トマス筆頭大臣とジオス王がいなければ、ヘーゼンの計画は大きく修正を迫られることになっただろう。


「それに、人が大事にしているものはそれぞれだ。彼は初代王からの叩き上げだ。忠義というものに一生を捧げる者もいる」

「……しかし、それに振り回される家族はたまったものではない」

「だからこそ、シュレイ。君を逃したんじゃないか?」

「……」


 長髪の青年は思わず顔を上げる。


「トマス筆頭大臣は決して愚鈍ではない。また、家族を蔑ろにする方でもない。もし、ノクタール国が滅ぶようなことがあれば、家族が君を頼れるようにしていたんじゃないかな」

「……」


 シュレイは沈黙を貫いている。


「時に、愛する者を守ろうとする必死の知恵は、史に刻まれる軍師の知恵を上回るものだ……まあ、僕の推測だけどな」

「……」


 しばらくシュレイは沈黙を貫き、やがて、フッと微笑んだ。



「……あなたのような方を信頼した父の気持ちが、少しだけわかるような気がします」

「きっと、信頼はしていないよ。必要もない。ただ、同じ方向性を歩む間柄であればそれで」


 ヘーゼンは、牛乳を飲みほすヤンの頭をポンポンと叩く。


「っと、話が逸れたな。ジオウルフ城とダゴゼルガ城の同時攻略に関しては、僕も賛成だ。では、戦術面で詰めよう」

「攻略に関して、私がダゴゼルガ城を請け負いたいのですが」

「わかった。必要なのは?」

「彼ら傭兵団だけでいいです」


 シュレイは自信満々に言い切った。


「……わかった。ただ、ヤンもつけよう」

「私では、不安ですか?」

「理由は2つ。保険と経験だよ。君は晴れて、僕の特記戦力となった。漏れなくラシードがついてくるから暗殺の心配はない。あとは、この子に経験をつけさせたいんだ」

「役に立ちますか?」

「連れてけばわかる」


 ヘーゼンは、『すーと離れられる』と小躍りしている幼児の頭をグリグリとした。


「僕はロギアント城に戻る。戦は3日後の朝日が登った時だ。イリス連合国の体制が整うまでに、こちらから攻め落とす」

「お手なみ拝見……ですね」

「お互いにな」


 ヘーゼンはシュレイの挑発的な笑みを見て、笑った。

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