説得
翌日。可能な限り早馬を走らせた末に、モズコールが葬儀会場入りをした。先日まで、自地区に風俗街を建設するという計画に向けて、帝都で嬢のスカウトに勤しんでいたが、その一報が入るや否や、帝都から飛び出してきた。
ヘーゼンはその時、会場の整備を指揮していた。そんな中、モズコールは息を切らしながら駆け寄ってくる。
「はぁ……はぁ……お待たせしました」
「い、いや。待っていないが。むしろ、早かったな」
「手紙をもらって興奮しましたよ。こんな盛大なプレ……お葬式を仕切れるなんて」
「……」
今、プレイって言わなかったか、とヘーゼンは密かに思う。
「では、早速会場を見せていただきましょう」
「その前に。密室はご準備いただけましたか?」
モズコールはあたりを見渡しながら尋ねる。
「一応、指示通り準備はしたが」
案内しながら答えるが、正直、半信半疑なところはある。モズコールは変態中の変態。従って、少々マニアックになってしまう可能性がある。
そもそも、葬儀場では、あくまでヘレナの顔見せの場であるとヘーゼンは考えていた。いくらなんでも葬式のような厳かな場所で、なにか事が生じるとは想像がしにくい。
「密室など必要かな?」
「なにを言ってるんですか? ハメるためには必要でしょう? 密室は」
「そ、そうか」
なにかの罠にハメると言うことと、ヘーゼンは解釈した。しかし、どのような形でそれがなされるか想像できないので、不安ではある。
「あの……計画書など、あれば嬉しいのだが」
「ありますよ。私のここにね」
「……っ」
モズコールは誇らしげに、自身の頭を指さす。
「そ、そうか。では、任せる」
「はい。それで……主演はいらっしゃいますか?」
「しゅ……ああ、呼んでいる。義母さん!」
大声で呼ぶと、ヘレナが近づいて来た。そんな彼女を、モズコールは舐め回すように凝視する。
「あ、あの……」
「んー。エロいケツだぁ」
!?
「コ、コホン」
「っと、これは失敬」
「……っ」
咳払いをしたヘレナに、モズコールは慌てて謝罪する。
が、言葉通り、失敬が過ぎる。
なお、モズコールの眼球と首は高速で移動し、手が右往左往と動きまくり、みるみる内に興奮状態へと変貌した。
「いい……これは、いいですぞ! 程よくだらしないこのケツは、本当にいいですぞ!」
「……っ」
やはり、失敬が過ぎる。ヘーゼンの秘書官でなければ、ぶっ殺すまで、ぶん殴ってやるのにと、ヘレナは心底思った。
「そ、そうか」
一方、あまりに興奮する変態を前に、ヘーゼンは数歩後ずさる。
「……あの、少し、彼女と二人っきりで打ち合わせをしたいのですが」
「そ、そうか、わかった。義母さん、後は任せた」
「……っ」
秒で。
まるで、逃げ去るように去って行くヘーゼン。
取り残されたヘレナは不安な表情を隠さない。この変態になにかされないだろうかと。しかし、モズコールは、むしろ、その嫌悪感を楽しむかのように前屈みで身体中を凝視する。
「そのだらしないケツを活かすために、ボディラインが見える服装がいいですね。仕立屋と少し打ち合わせなければいけないな」
「くっ……」
圧倒的なセクハラ。ある程度、男尊女卑の文化は受け入れているが、こんな、ハッキリとしたセクハラも今どき珍しい。
しかし、次の瞬間。モズコールは非常に真面目な表現を浮かべてヘレナに語りかける。
「その前に、1つ。あなたにお聞きしたい」
「な、なんでしょうか?」
「大事な質問です。あなたは本当に悲しんでますか?」
「えっ?」
「私の目をしっかりと見てください。あなたは、本当に、彼を愛し、心の底から彼の死を悲しんでますか?」
「……」
先ほどとは違った、あまりにも真っ直ぐな質問に。ヘレナも真摯に己を振り返った。確かに最初は、やらされ感満載だった。自分には心に決めた者もいるし、数ヶ月間の辛抱だと思った。
でも。同じ……安らかな時を過ごして。優しい人だとわかった。同じものを見て、同じ料理を食べ、同じことを感じ、同じことで笑う。そんな、当たり前だけど、幸せな毎日がそこにはあった。
ヘレナは真っ直ぐな表情でハッキリと答える。
「はい。私は、彼を愛していました」
「……わかりました。私に任せてください」
モズコールは曇りのない
「ありがとうございます。でも、私は悪……義息子に嘘つき扱いされていて」
「私が誤解を解きます。あなたが、本気で夫を愛していたことは明白だ」
「あ、ありがとうございます」
ヘレナは、心の底からお辞儀をした。わかってくれた。もしかして、秘書官のモズコールが説得すれば、こんな最低な計画も見直してくれるかもーー
「見せつけてやりましょう。背徳感に揺れる、最高のNTRを」
「……っ」
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