心配


 帰りの馬車にヘーゼンが乗り込むと、そこにはヤンがチョコンと座っていた。つい、先日戻ってきたところ有無を言わさず連れてこられた次第だ。


 まあ、近親者の死なので致し方ないが。


「どうでした?」

「なにが?」

「なにって……心配で、様子を見に行ったんですよね?」

「ああ。あの人は気が強くて性格が腹黒いからな。たまに様子を見に行かない定期メンテナンスしないといけない。困った義母さんだ」

「はっ……くっ……」


 全然、ニュアンスが違って、むしろ逆に聞こえる。


「そ、それで? 義母かあ様。大丈夫そうでしたか?」

「大丈夫? ああ、問題なかった」

「……」


 ヤンは心なしか不安になった。果たして、『大丈夫』の意味がキチンとこの男に伝わっているだろうかと。

 

「ちなみに、どう大丈夫だったんですか?」

「ん? いや、身体も健康そうだったし、使い捨てず、引き続き業務遂行可能だと判断した」

「……っ」


 やっぱり、全然、大丈だいじょばなかった。


「私が聞いていたのは、義母様の心ですよ! 泣いてませんでしたか?」

「ああ、泣いてたな」

「じゃあ、全然大丈夫じゃないじゃないですか!?」

「嘘泣きだよ。だから、大丈夫」

「……っ」


 大丈夫じゃなかったのは、この男の頭だったと、ヤンは激しく確信する。


「涙流してませんでした!?」

「流してたよ」

「じゃあ、本泣きじゃないですか!」

「涙ぐらい訓練で流せるだろ」

「くっ……」


 容赦なく、一片の曇りもなく、正論の暴論を振りかざしてくる。


 紛れもない狂人イカれ人であったか。


 一刻も早く『この男の前から逃げたい』と思うと同時に、『逃げてはダメだ』という反抗心も強くなる。なんとか、この男に人の心というものを取り戻させなければ、『この大陸は終わる』という絶望的な使命感を感じざるを得ない。


 ああ――考えがまとまらない。


 ヤンの情緒と比例して、思考もグルグルぐちゃぐちゃな中、なんとか深呼吸をして、懲りずにヘーゼンに問いかける。


すー。周囲の誰かが死んだ時。あなたはどう思うんですか?」

「ん? ああ、『死んだな』って思う」

「……っ」


 イカれた情緒。


 一言目から不適格。


 圧倒的サイコパス。


「大抵の人は、周囲の誰かが死んだ時は、悲しいって思うんです! だから、その人に気を遣ったり、心配したりするんですよ」

「僕はあまり気にしないが」

「ふ、普通は、みんな、そこを気にするんですよ! ましてや、義母さんの相手は夫でしょう?」

「そうか? 偽装結婚のようなものなのに」

「一緒に暮らしてれば情だって湧くでしょう!」

「んー、ごめん、よくわからん」

「……っ」


 ダメだこいつは、と圧倒的に思った。


「そんなことより、葬式の準備は進んでいるか?」


 そんなヤンの必死の説得を雑に斬り捨て、ヘーゼンは尋ねる。そして、いつものこと過ぎるので、当然、ヤンも切り替えて答える。


「手配してますよ。でも、いいんですか? こんなに人を呼ぶんですか?」


 招待者も、可能な範囲で爵位の高い順から選んだ豪華な顔ぶれ。予算も当然それに見合うくらい破格で、まるで上級貴族ほどの規模感である。


「ああ。可能な限り盛大にやろうと思っている。義母かあさんは餌だからな」

「え、餌?」

「ああ。そこで、義母さんに手を出してきた貴族を道義的策略でハメる」

「聞いたことない奸計!?」


 ヤンは思わずガビーンとする。


「でも、葬儀で手を出してこようなんて、普通思わないでしょう?」

「普通はな。だが、性的嗜好と道義性の低さで、実際には手を出す可能性も高いそうだ」

「……そうだ?」


 まるで、伝聞のような物言いだ。


「ああ。義母かあさんには勘違いされないように釘を刺したが、『実際にはモテるだろう』というのが専門家の見解だ」

「専門家?」

「モズコールだよ」

「……っ」


 モズコール。今は、『更生して健全な風俗街(SM)を作る』と謎に息巻いている変態秘書官。かつて、正真正銘の健全店で非合法の赤ちゃんプレイ(オムツ)を強要していたところを、捕縛され強制スカウトされたそっち系担当。


 ヘーゼンの配慮上、ヤンと引き合わされることはないが、たびたび話上には登場する。同じ秘書官として、並べられるのは少し思うところはあるが、ヘーゼン自身が狂人イカれ人の最高峰なので、もう仕方ないと割り切っている。


「僕にはまったく介さないが、『悲しみに暮れる未亡人というシチュエーションは大好物』だそうだ」

「……っ」


 ヤンには、まったくと言っていいほど理解できない世界観だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る