相続権


          *


 ヘレナ=ダリ、33歳。数年前は、帝国の首都で中央ギルドの窓口を行なっていたが、裏で奴隷ギルドへの斡旋業を営んでいた。


 ある時、ヘーゼンがギルドに訪ねてきた。


 いろいろあって、即座にビンタされ泣かされる。


 追撃に、途方もない罵倒を浴びせられたため、復讐のため複数人の用心棒を連れて襲撃を試みる。しかし、ヘーゼンのヤバさを知った用心棒に裏切られて、逆に奴隷にさせられる。


 そんな中、ヘーゼンの戸籍問題が浮上したので、その問題を解消すべく親子関係を偽装させられた。


 結果として、悪魔ヘーゼンの義母となった。


          *


 ヘレナは思わず言葉を失った。演技はいい? 演技じゃない。本当に哀しいのだ。マスレーヌはこんな自分に優しくしてくれた。こんな自分なんかに。だから、献身的に介護もしたし、自分にできることの精一杯を捧げた。


 それだけは、なんとか、伝えたい。


「あの……誤解されてると思いますが、本当に悲しいんです」

「悲しむ権利なんか、ないよ」

「……っ」


 シンプルに、酷い。


 満面な笑みで、なんてことを言うのだろうか。こんな悪魔の母親に成り下がってしまったことを、ヘレナは心の底から後悔した。


「い、いえ。権利とかじゃなくて、感情の問題なんです。本当によくしてもらって、本当に悲しくてーー」

「嘘つけ」

「……っ」

「執事も言ってたが、完全に財産目当ての後妻なんだから。それに、裏ではゲス不倫もしてただろう?」

「くっ……」


 そうだけど。


 それは、強制的に後妻にさせられたから。だから、不倫という手段を取らざるを得なかっただけで。


 だから、断じてゲス不倫じゃない。純愛だ。


「違う」

「……っ」


 頼むから、心を読まないで欲しい。


「まあ、一応、気づいた執事に釘は刺しておいた。義母さんの演技がよくて大勢の執事が騙せたことが功を奏した」

「あ、ありがとうございます」

「さすがは、裏で奴隷ギルドを営んでいるにも関わらず、堂々と太陽の下を闊歩していただけのことはある。その厚顔無恥さは脅威に値する」

「くっ……」


 そうだけど。


「それで、今後の展開だが――」

「財産を接収なさるんですよね?」


 わかっている。元々、そう言う話なのだ。自分が後妻として嫁ぎ、息子であるヘーゼンに資産を譲渡する。ヘレナはお金が大好きだ。この優雅な生活も正直、気に入っていたので、抵抗感がないわけではない。


 しかし、逆らうことができないことは、わかりきっている。


「いや。財産は接収しない」

「えっ?」

「義母さん名義で、マスレーヌの土地と財産を継いでもらう」

「い、いいんですか?」

「ああ。あなたには、一人の貴族として独立してもらおうかと考えている」


 この答えは意外だった。その瞬間にすべてを奪われて、次はなにをさせられるだろうとビクビクしていたのに。


「と言うことは、これまで通り生活をしてもいいのでしょうか?」

「ああ。貴族の未亡人として、当分は振る舞ってくれ」

「あ、ありがとうございます!」


 ヘレナは深々とお辞儀をした。マスレーヌは逝ってしまって寂しいが、この生活は続けられる。そのことは予想していなかったので、素直に嬉しい。いや、むしろ主人亡き今、不倫中のサンドバルとも気兼ねなく会うことができる。


「……だいたい顔に書いてあるが、サンドバルとの関係は秘密で頼むぞ。公然と屋敷に連れ込んだりしたら、不埒な女だと思われる。まあ、事実だが、僕の義母ママははとして品位を保ってくれ」

「わ、わかってます」


 癪には障るが、それぐらいは幾らでも我慢できた。むしろ、コソコソ会うことでドキドキ感が増すので、いい刺激になるかもしれない。今までは、むしろ罪悪感の方が強くて心の底からは楽しめなかった。


「あの、本当にありがと――」























「次は財産を持て余した未亡人として、他の貴族と結婚しろ」

「……っ」


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