魔杖
それから、20日間が経過した。クラド地区の民衆は、ヘーゼンが突然現れやしないかとビクビクしていたが、あれから一度として姿を現さなかった。
それどころか。
城の中ですら、姿を現さない。魔杖工房にずっと籠もりきりなのである。
「お、おいセシル。領主様はちゃんと生きているんだろうな?」
ラグが見かねて幼なじみの執事に尋ねる。
「えっ? いつも通り元気だけど」
「しかし、一度も外に出てこないのは異常じゃないか?」
確かに工房には、トイレ、浴室も完備している。食事は1日3回セシルが持って行っているし、部屋から出てくる時、『調達する道具のリスト』を渡されているので生存はしているのだと思うが。
それでも、これほど長い間、一つのところに籠もりきりで、おかしくならないのだろうか。
当然、ラグがヘーゼンの生存を心配する義理も義務も好感度もない。むしろ、とんでもない領主で、ついて行けないという感情もある。
しかし、クラド地区が未曾有の発展を遂げているのも事実だ。財政は10倍以上増えたし、民衆の生活も劇的に改善された。感情を抜きにして考えたら、本当に素晴らしい城主なのである。
ただ、圧倒的に、嫌われているだけで。
城の訓練所へと向かう廊下に工房があるのだが、思わず窓を覗き込みたくなる。しかし、覗くのが怖いような気がする。と言うか、怖い。
もしかしたら、
そんな中、やっとヘーゼンは工房から出て来た。かなり衰弱しきった様子で、黒髪が伸び、今にも倒れそうなほどだった。フラフラッと歩いて、足がもつれて体勢を崩す。ラグは反射的にヘーゼンを支えた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……すまない。最後の追い込みで、かなりの集中力を使った」
弱々しい声で、ヘーゼンはお礼を言う。あの完璧かつ悪魔的な男が、こんなに衰弱しきるなんて。
「とにかく、部屋で休んでください」
「いや。ちょうどいい。君用の魔杖を製作したので、使ってみて欲しい」
「お、俺用?」
「君は魔法使いだろう?」
「……っ」
ラグは唖然とした。今まで、誰にも言ったことがなかったのに。なぜか、目の前の領主はそれを言い当てた。
「なぜ、それを?」
「ギザールが言っていた。対峙した時に、感じるものがあったんじゃないかな」
「……」
「斬撃型の魔杖だ。銘を『
そう言って、ヘーゼンはラグに手渡す。
「……」
久々に持ったが、不思議な感覚だ。
ラグは、ただ頭に浮かんだイメージを口にしながら、
「孤月」
その抜刀は誰にも見えることがなかった。ただ、三日月のような太刀筋が、まるで絵画のように残像として映る。
「す、凄い」
自分自身で振るったにも関わらず、ラグはその早さに驚いた。
「誰の目にも追えないほどの高速抜刀。
「……」
ラグは数メートル先の扉に向かって、先ほどと同様『孤月』を放つ。
すると、その扉は一瞬にして三日月の形でえぐり取られた。
「ご名答。孤月の間合いは、自身の斬撃範囲ではない。距離にすると、約10メートルの延長が可能だ」
「いえ……もう10メートルはいけそうな気がします」
「……なるほど。そうなると、魔法使いとしての実力も、カク・ズ、ギザールに近いレベルだな。これは、嬉しい誤算だ」
「私のために、これを製作してくれていたんですか?」
「いや。君のは数日で製作した。残りは自分用の魔杖だ。9等級以下の魔杖では、この先限界がくるかもしれない」
「……あなた、何者です?」
ラグは、ただ、恐ろしさに駆られる。
「……」
「銘がつくほどの魔杖が製作できるのは、帝国でも100人といない。しかも、誰もが数年がかりの着想を練って、半年がかりで製作するものだ。数日間で、これほどのレベルのものを製作する魔杖工なんて、帝国中探してもいない」
少なくとも腕は一流の魔杖工とひけを取らない。着想の速度は圧倒的だ。設計はセンスが問われるが、ラグにとってこれ以上ないほどフィットしたもので、天才と言うより、得体の知らない怪物性を感じる。
しかし、ヘーゼンは目を丸くして、むしろ、ラグの発言について興味を示す。
「ますます驚いたな。君は魔杖製作の知識もあるのか」
「……じいちゃんが製作してました」
「ますます興味深いな、君の祖父は」
「……」
「ラグ。忠告しておく。僕を知ろうとするな。それが、君のためだ」
「……わかりました」
これ以上詮索するなという口調に、ラグは素直に従った。
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