指示
ヘーゼンが颯爽と城に戻った後。途端に、黙ってついて来ていたヤンが口を開く。
「あ、悪魔……」
「悪魔がどうかしたのかい?」
「あ、あ、あなたに向かって言ったんですよ! この、人でなし!」
「なんで?」
「……っ。そ、そんなに純粋に問いかけないでくださいよ。悪魔感が増す」
黒髪少女は、更に数歩後ずさる。
とは言え、平常運転。あくまで悪魔であることが、この男の普通なので、どうしようもない。
そして、もちろん、ヘーゼンは平然と話を前に進める。
「それよりも、シオン」
「は、はい!」
突然呼ばれた眼鏡少女が素っ頓狂な声をあげる。
「昇給だ。これから、毎月小銀貨2枚から3枚に上げる」
「えっ!? いいんですか?」
「ああ。君の献身的な働きぶりは目を見張るものがある。人知れず学問もしているようだし、問題解決能力もある」
「あ、ありがとうございます!」
震えながらも嬉しそうな声だ。額はもちろんだが、認められて嬉しかったのだろう。
「だが、奴隷牧場は苦手のようだから、外す」
「で、でも」
「誰でも得手不得手はある。君の能力は他で活かすべきだ。商人のナンダルに君のことを紹介しておくから、先ほど言った酒の販路を開拓する手伝いをしてくれ」
「わ、私がですか?」
「ヤンの代わりだから、責任重大だぞ? いい経験にもなるはずだから、しっかり頼む」
「は、はい! わかりました!」
「うん。いい返事だ」
ヘーゼンは朗らかに笑いかけて、次は城主代行であるラグの方を向く。
「腕に覚えのある者を編成して、護衛隊を設立しろ。人数と人選は任せる」
「えっ!? お、俺が決めちゃっていいんですか?」
「ここの土地も人も知り尽くしているだろう? 君ほどの実力の者はいないのか?」
「いや。俺なんて――」
「謙遜は要らない。事実だけ端的に述べてくれ」
ヘーゼンはピシャリと尋ねる。
「しょ、正直わからないんですよ。じいちゃんとしか、今まで剣術をしてこなかったし」
「そうか。祖父は生きているか?」
「この前、死んじゃいました」
「……ならば、他の民は?」
「嫌われ者のじいちゃんだったから。森の中に住んでて、ほとんど降りてこなかったし。遊びに来るのなんかセシルくらいで」
「なら、セシルがなにか知っているかも」
「あの脳天気娘が、知ってると思いますか?」
「……すまない。愚問だった」
ヘーゼンは苦笑いを浮かべる。
「君の祖父については一度調べてみることにする。ヤンに思い出せる限りの情報を吐き出してくれ」
「な、なんでそんなことを?」
「君の祖父が高名な剣士であれば、同じ流派の剣士をスカウトできるかもしれないだろう? 集団戦は連携が命だ。同じ型の方が連携しやすいし、他流派が混じって教えると混乱するからな」
「……ごもっともです」
ラグはかなり有望な人材だ。できれば、この強さを存分に活かしたいとヘーゼンは考える。
「カク・ズとギザールは、僕の大事な両翼だ。ここに常駐させるわけにはいかない。正直な話、もう2人ぐらいは腕利きを確保しておきたいところだが……まあ、いなきゃ仕方がない。頑張って、育ててくれ」
「わかりました」
ラグが頷くと、すぐさまヘーゼンは黒髪少女を見る。
「ヤンは、カク・ズと北方カリナ地区のクミン族を訪ねてくれ。先日のお礼もかねて」
「い、意外と律儀」
「金と書状だけの付き合いだと、どうしても気薄になるからな。バーシア女王はヤンを気に入っていたから、ちょうどいい」
今回は、魔杖の納品もある。大量に製作したので、万が一のことがあってはならない。ナンダルは信用しているが、万が一情報が漏れて襲撃されたら大事な商人も失ってしまう。
「酒の試作品も持っていって、気に入るようだったら大量に贈れ」
「
「ああ。あくまで今回のお礼だ」
「あれだけ払ったのに。気前がいいですね」
「金を返すだけじゃ味気ないんだよ。贈り物ってのは、そう言うものだろう?」
「なんか、
「……その歪んだ性格、なんとかした方がいいぞ?」
「性根が捻じ曲がった
ヤンが断固として主張してきたので、無視した。
「ちょうどいい。要塞にも寄って挨拶してきてくれ。ロレンツォ中佐の様子も気になるし。みんなにも、お礼も欠かさずに言って、お酒も配ってきなさい」
「……もしかして、私にばっかり頭を下げさせようとしてます?」
「役割分担だ」
正直、人間関係の構築はヤンの方が上手い。甘え上手というのか、いつの間にか味方に引き込んで周囲を巻き込んでいく力がある。
「ついでに少し故郷にも顔をだしておきなさい。数日ほどなら、あっちでゆっくりしていいから」
「ほ、本当ですか!?」
「カク・ズ。逃亡は、襲撃よりも警戒しなさい」
「くっ……泥投げつけないと人に優しくできないんですか? あなた」
「僕はしばらく籠もる。ラグ。セシルに言って、食事を3回。朝、昼、晩と持って来させてくれ」
「わ、わかりました」
言い終わるまもなく、ヘーゼンは颯爽とその場を去り、魔杖の工房に閉じこもった。
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