方針(2)
民たちは言葉を失った。いや……見失い過ぎて、迷子になった。奴隷牧場の者たちは確かに咎人である。クズと呼ばれても仕方のない、いや、クズと呼ぶべきにふさわしい者たちであるのかも知れない。
しかし、クズとはいえ、人間だろう。
「品性を失った人間は、人間ではない」
「……っ」
まるで、民たちの心を汲み取るかのように、ヘーゼンは絶妙なタイミングで言葉を差し込む。
怖っ。
「なにかを人にするのならば、同じことをされても仕方がない。僕はそう思う。奴隷牧場のクズどもは、無垢な子どもたちを人間以下の家畜よりも劣悪に扱い、私腹を肥やしていた。だから、そうされたって仕方がない」
「……」
それは、わかる。
だから、彼らも少なからず憤りを感じていた。正直に言えば、領主が正義感の強い執行者のようにも思える。しかし、これはさすがにやり過ぎでは――
「勘違いして欲しくないのは、これは、『正義感』などという不毛かつ独善的な感情ではない。あくまで、有効活用が可能な労働力を確保するための施策だ」
「……っ」
違うんだ。
正義感じゃないんだ。
ドライ過ぎて、ゲボ吐きそうだった。
むしろ、勘違いさせて欲しかったと誰もが思った。
「あくまで、複雑な作業ができる家畜。クズ=家畜。そう捉えてもらいたい。むしろ、そうすることで思考はよりクリアになるはずだ」
「……っ」
ならないんですけど。
むしろ、ヘーゼン=鬼畜と捉えた方が思考がクリアになるが、その分、自分たちの情緒はグッチャグチャだった。
しかし、そんなことはお構いなしで、ヘーゼンは話を進める。
「家畜が働かない時、人は鞭を打つだろう? しかし、それは怒りの感情ではないだろう。あくまで、我々の生活を豊かにするため」
「……」
「だから、無闇に虐待をしたり、怒りのままストレスのはけ口にしたりすることは許さない。それをした者は、程度が重ければ、その者が同じような目に遭う」
「……っ」
その場にいる全員が思った。
絶対に、家畜として、扱おうと。
「クズ=家畜という扱いだが、彼らはあくまで『奴隷』と呼ぶ」
「……」
最低限、人間として扱うということだろうか。彼らが人としての尊厳を――
「理由は、帝国法上の問題だ」
「……っ」
違った。
やっぱり、ドライすぎる理由だった。
「彼らを奴隷として定義した方が、使い勝手がいい。法律では、人間を奴隷にすることは許されるが、人間を家畜と定義することは許されない。酷い扱いを受けているのは、家畜よりも奴隷の方だから、おかしくは聞こえると思うが、許容してくれ」
「……っ」
おかしく聞こえない。
むしろ、
「仮に他領から来客がきた時には、くれぐれも家畜と呼ぶな。奴隷だ。農作業に従事する奴隷。酒業に従事する奴隷。間違っちゃダメだぞ」
「……っ」
誰も間違わない、と全員が思った。
「っと、話がそれた。余談が過ぎたな……僕としたことが」
「……っ」
余談にしては、パンチが強すぎる。
「なので、里親になった者は、責任と愛情を持って育てるように。仮に、里子から虐待、差別などの報告があった場合、厳しい処罰をする」
「……っ」
絶対に愛情を持って育てよう、と誰もが思った。
「酒業についても、今後は試作品の量産体制を取っていく。こちらも、より多く生産できた組から順番に報奨をつける。1位は大銅貨10枚。2位は大銅貨5枚と、農業と同程度の報奨を位置づけたが、違うようなら申し出てくれ」
「……っ」
どうしよう。
嬉しいはずなのに、まったく、頭に入ってこない。
「あと、防衛面だが。現在、領主代行のラグが1人でこの地区を守っている。これは、ラグの武力が破格であることに加え、そもそも財産がなく多人数での襲撃はないと見越していたからだ」
「……」
「だが、この数ヶ月である程度余力ができたので、その分に相当する武力も持たなくてはいけない。腕に覚えのある者は、衛兵として徴兵を行う」
「……」
「命を懸ける仕事だから、当然、給金はよい。見習い時点で、月に大銅貨10枚。殉職すれば、私が生きている間、遺族の家族に毎月大銅貨5枚を支払う。昇進すれば、より多額の報奨が受け取れるから、どんどん応募してくれ」
「……」
「質問はないか? あれば、この場で言ってくれ」
「……」
「ないな。では、終わりだ。解散」
そう言い残し、嵐のようにヘーゼンは去って行った。
「「「「「「……」」」」」」
終始、誰もが、無言だった。
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