方針


 翌日。城の大広間に、クラド地区の民衆が集まった。突然の呼び出しに恐怖の顔で引き攣つる民たち。以前は、おびただしい数の死兵で脅され、阿鼻叫喚の嵐であった。


 今回は、いったい、どのような目に遭うのだろうか。


「ま、まあそんなに悲観するなよ。一応、収穫の目標は達成してるんだし」


 領主代行のラグが民に向かって声をかける。


 そうなのだ。ヘーゼンのおかげで、この地区の領地は生まれ変わったと言っても過言ではない。


 麦の収穫量増にともなって、農民たちの家計は結果として潤った。無職だった者も、酒業に従事することで結果として自立した生活を送れるようになった。奴隷や死兵たちのような労働力も確保でき、結果としてあらゆる作業が楽になった。


 いちいち、素晴らしい結果だけは出していた。


 だが、悲しいかな。その圧倒的な功績にも関わらず、ヘーゼンの人気は『どんだけなで肩だよ』とツッコミたくなるくらいの、圧倒的な垂直右肩下がりだった。


 そんなホームなのにも関わらず、異常なアウェー感の中、ヘーゼンとヤンが入ってきた。当然、拍手で出迎えられることもなく、ピンと張り詰めた空気が、ピシッと、ますます固くなる。


 しかし、そんな空気感を毛ほども感じることなく、ヘーゼンは用件を話し出す。


「さて。君たちにも時間がないだろうから端的に言う。今季の麦の収穫量は倍に増えた。しかし、目指す収穫量は今の3倍だ」

「……っ」


 麦畑の農民たちから『ふざけるな』と言う空気が伝わってきた。


 だが、誰もなにも言わない。


「決してできない数字ではない。今は、現在の麦畑を耕作したのみだ。ここクラド地区は、荒れ果てた土地が多い。今後、農業用の区画を開墾していけば必ず達成できる」

「……」

「しかし、開墾には倍以上の労力を必要とする。なので、奨励として補助金をだす。ラグに区画線は渡しておいた。荒れ具合によって多少は異なるが、1㎡につき、大銅貨10枚」

「……っ」


 これには農民たちも反応した。この額は、かなりの破格だ。


「もちろん、耕した農地は耕した者の所有地だ。税率は今と変えない」

「……」


 誰もなにも話さないが、農民たちは密かに高揚していた。


「しかし、労働力がそこまで追いつかないだろう。そこで、今、孤児院に住まわせている子どもたち。そして、奴隷ギルドから奪ってきた子供たちの里親を募る」

「……」


 ほとんどの奴隷は自らの里へと帰って行ったが、身寄りのない子供たちが数百ほど溢れていた。これには農民たちの顔がいささか引き攣る。


 労働力は欲しいが、自身の家族として迎え入れるのは負担もある。


「あくまで、自分の子どもたちと同等の待遇をすると言う条件付きだが、引き取れば毎年大銅貨10枚の補助金出す」

「……っ」


 これも、破格だ。農家の家は、常に労働力を欲している。子どもの食費が半年で大銅貨10枚ほどの食費に相当するので、かなりの補助金と言える。


「さらに、識字率向上の図るため、初等教育機関を創る。あくまで商学用だが、読み書きができるような優秀な子どもたちはナンダルという商人の下へ派遣する。試験は厳しいが、こちらは毎年小銀貨1枚を支援金として出そう」

「……っ」


 小銀貨1枚は農民たちが年間で稼ぎ出す金額の半額ほどにあたる。本来、雀の涙ほどの給金しかもらえないほどの小間使いに、それだけの大金は美味しすぎる。


「小麦は酒の基礎でもあるから、重要だ。それに、戦になれば真っ先に高騰する。収穫量が増えれば、有事の際に儲けることも可能だ」

「……」


 ヘーゼンの見る民衆の目が、だんだんと変わってきた。あれ……もしかしたら、この人、いい領主なんじゃないか。そんな空気がザワザワと蔓延する。


 そんな中。


「……でも」

「バカッ! しっ! 喋るな! 殺されるぞ!」


 子どもの声を制止する親の声が、ひときわ大きく響いた。


「……少し誤解をしているようだが、僕は人が話している時に、喋るくらいでは殺さない」

「……」


 当たり前のことではあるが、一瞬だけホッとしたような感じになった。


「と言うより、この地区で君たちがどんな犯罪を犯そうとも、僕が君たちを殺すことはない。殺人、強盗、強姦等々でもだ」

「……」


 おや? と全員が思った。そうなると、話は違ってくる。そこまで緩いと犯罪者が横行しないかと不安にもなる。


 話を聞いていると、いい領主なのか、悪い領主なのか、よくわからなくなってくる。


 そんな中、ヘーゼンは少しだけ考えるを見せ、やがて、淡々と話を再開した。


「……まあ、話の流れから言ってしまうか。今、奴隷牧場で抱えている奴隷たち。僕は彼らを、いわゆるクズと定義する」

「……」

「例えば、バドダッダという奴隷。彼は元々は帝国貴族であったが、裏では着服を繰り返して、遊びの金欲しさに飢え苦しんだた民を奴隷ギルドへと斡旋し続けた」

「……ゆ、許せねぇ」


 誰かがボソッと口にした。


 民衆の中にも、チラホラと怒りの炎が見て取れる。


 しかし、ヘーゼンはあくまで冷静に話を続ける。


「怒りの感情はもっともだ。だが、彼らを僕が殺すことはない。また、奴隷たちへの無闇な暴行は許さない。あくまで、働かない時。命令働かない時のみ鞭を打ちなさい」

「……」

「我が地区での奴隷は定義が異なる。他領での奴隷は、社会的な弱者に奴隷が多く存在する。しかし、我が地区の奴隷はクズ。いわゆる、帝国で間違いなく死刑になるであろう重罪を犯した者のみだ。そこでだ」


 ヘーゼンはかなり大きな文字で書いた巨大な洋皮紙をカク・ズに掲げさせた。


「読み上げる。『クズに人権はない。だが、クズは殺さない。クズは、我が地区の大事な資本だからである。よって、クズは、有効活用せねばならない。だから、クズは余さず刈り取って奴隷にしろ』」

「……っ」






















「クズ5箇条。これを、我が地区の裏方針とする」

「……っ」




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