育成


          *


 ひと通り指示を飛ばした後。執事のセシル=ディーバによって、ヘーゼンとヤンはすぐに水浴びを指示された。


 ドクトリン領では、極度の節水で衣類の洗濯も水浴びもしていなかったので、どうやら、かなり汚らしい格好だったらしい。


 互いに身なりに頓着がなく、かつ、ヘーゼンに指摘する者もヤン以外にはいないので、気がつかなかった。


 1時間後、城の自室に戻り、ヘーゼンはベッドへと寝転んだ。洗濯されたシーツの香りが清々しくて気持ちいい。


 ヤンなんて、心地が良すぎて、ヨダレを垂らしながら爆睡している。


「やはり、水のある生活はいい」


 過酷な環境には慣れているが、ここまで水を摂生した経験はなかったかもしれない。衣・食・住の整った環境がどれだけ大事か、あらためて知るいい機会になった。


「失礼します、城主様!」


 そんな中、セシルがハキハキとした挨拶をしながら入ってくる。


「城主様もヤンちゃんも、綺麗になりましたね」

「ああ……」

「今日は腕によりをかけた料理作ってますから。あっ、でも。ヤンちゃんが寝てるから、少し遅めがいいですかね?」

「任せるよ」

「わかりました! 任せてください!」


 弾けるような笑顔でお辞儀をして。


 金髪少女は部屋の外へと出ていく。


「……セシル」

「はい!」

「ありがとう」

「は、はい! 失礼します!」


 より、元気な声で、深々とお辞儀をして少女は去っていった。


「さて……」


 ヘーゼンはベッドから起きて机に向かい、いつものように高速で書類に目を通す。


「うーん……」

「どうしたんですか?」


 1枚の書類に目を留めていると、ベッドで寝転んでるヤンが尋ねてきた。


「起きてたのか?」

「セシルちゃんの元気な声が聞こえたもんですから」

「そのまま寝てなさい。食事ができたら起こすから」

「な、なんですか? 急に優しくしてくるなんて」


 ヤン、怯える。


「別に優しくしてる訳じゃない。休養は必要だ。特に子どもの身体だからな。ドクトリン領では、大分酷使させたから、その分、ここではゆっくりしなさい」

「……本当にすーですか? もしかして、影武者ですか?」

「……」


 本気で疑うような眼差しを浮かべてきて、心外だった。


 なんて、失礼な少女だろうか。


「それより、すーが悩むなんて珍しい」


 ヤンがベッドから飛び降りて、近くに駆け寄って書類を覗き込む。恐らく、心が全然疲れておらず、常に好奇心が勝ってしまうのだろう。


「……」


 『こういう子は伸びる』とヘーゼンは密かに思う。


「珍しくはない。僕だって悩む時は悩む」

「そ、そうですか? いつだって、即断即決。基本は秒で解決している、病的なイメージしかないんですけども」

「……失礼極まりないな」

すーに言われた!?」


 ヤンはガビーンと両目と口をガン開きする。


「領地運営のことだ。なかなか、上手いこといかないなと思って」

「そうですか? 麦畑の収穫量も目標値以上だし、酒業だって試作品ができていたじゃないですか」

「確かに、表の産業は順調だな。しかし、僕の言っているのは、裏の産業ーー奴隷牧場のことだ」

「ああ……あのイカれ事業ですね」


 ヤンは白い目で見るが、ヘーゼンはまったく気にせずに話を進める。


「奴隷の生産効率が思うように上がっていない。すぐにサボるので、もっとキツく躾けないといけないが、調教が進んでいない」

「し、仕方がないんじゃないですか? 誰もがあなたみたいに非情じゃないんですから」

「うーん……今後、バライロも入れるので、ある程度はマシになると思うが、それでも人数が増えて来たら、他の者にも調教に加わってもらわなければいけない」

「村人たちにそれをやらせるのは無理がありますよ。私だって、シノンちゃんだって嫌だし」

「……確かに、彼女に任せるのは抵抗があるな。ヤンならともかく」

「私はいいの!?」


 ヤンが本日2度目のガビーン顔を浮かべるが、ヘーゼンは気にしない。


「精神強度の違いだな。それに、様子を見てると、彼女は繊細だ」

「わ、私が全然繊細じゃないみたいじゃないですか!」

「……」


 そう言ったのだが、とヘーゼンは思う。


「……こうして見ると、人材が足りてないな。特に、裏稼業を仕切れる者が欲しい」


 非常で非倫理的な残酷な判断を下せる者。


「まあ、人材不足を嘆いても仕方がない。育てるか。ヤン、明日に民をもう一度全員集めてくれ」

「ううっ……嫌な予感しかしない」


 そんなことを言いながらも、黒髪少女はベッドに潜り込んで、何事もなかったかのように爆睡した。

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