ついで


          *


 ビガーヌルは、目を疑った。いや、それよりも自分自身を。こんな、くだらない失態。あり得ない。毎日、部下を叱り。毎日、部下に徹底させた。もちろん、自分だって、絶対にこんな不手際がないようにした。


 そして。


「なんで?」


 尋ねた。ヘーゼンにではなく、自分自身に。わからなかった。


 焼却するなんてことは、頭にも思い浮かばなかった。なぜ? 抹消するために、すべてを投じたのに。途方もない借金までして。


 なんで?


「簡単です」


 ヘーゼンは笑い。


「リスク管理ができていない」

「……っ」


 すなわち。


「あなたが無能だからです」


 と答えた。


「ひっひぶっ……ぼぶっ……」


 無能を嘲笑い続けてきた人生だったのに。無能など、死ねばいいと思い続けていた日々だったのに。無能……


 そんな自分が無能? こんな、あり得ないケアレスミスをする、無能? 


「はぼっ……はぼぼぼぼぼぼっ……」


 ビガーヌルは、泡を吐きながら、訳のわからない擬音に溺れた。


「あーあ、バグっちゃったみたいですね。じゃ、話を続けますか」


 ヘーゼンは淡々とマラサイ少将の方を振り返る。


「貴様……これで、解決したつもりか? こんな茶番を見せられるために、この場に我らを呼んだのか?」

「目的の1つではありますね」


 そう言った瞬間。


 圧倒的なプレッシャーを感じた。


 その場にいる誰もが。


 ヘーゼンという男の死を確信した。


「であれば、期待はずれだったな。この場で貴様らを殲滅する」


 圧倒的な殺意をまとい。マラサイ少将は自身の魔杖を構える。


 しかし。


 ただ、ヘーゼンのみが、そんなプレッシャーをまるで感じることもなく、真っ向からマラサイを見据える。


「慌てないでくださいよ。これらは余興です。あまり、楽しんでいただけなかったようですがね」

「……なら、なにがしたい?」

「お帰りいただく」


「「「「「「「……っ」」」」」」


 最悪の回答に、誰もが言葉を見失う。


「なるほど……よほど死にたいようだな」

「あれ、お気に召しませんでした? そうでもしないと、ここを戦の業火で燃やし尽くしそうだ。6日間ほどで、帰っていただきましょう」

「……なんだと?」


 瞬間、抜刀しようとしていた、マラサイの手が止まる。


「バカなことを言うな。どれほど急いだとしても、ここからライエルドまでは1ヶ月はかかる」

「急がずとも6日で行けます。我々が整備した砂漠の街道を横断すればね」

「……」


 この場にいる誰もがわからなかった。


 この男は、いったい、なにを言ってるのか。


「すなわち、通常2ヶ月以上掛かっていた補給部隊でも6日で行けると言うことです」

「……本当か?」


 マラサイの瞳に好奇心がうずく。


 一方で。


『当然のことだ』と、ヘーゼンは内心で笑う。戦場における補給の重要性は非常に高い。司令官は、常にそれを計算に入れて、戦の絵を描かなければいけない。


 補給までの経路が10分の1になると言うこと。


 それが、もたらす利益は10倍では済まない。


 より柔軟な補給が可能になると言うことだけでなく、新鮮な野菜や肉など、戦場において現地調達しなければならないものも補える。


 それまで抱えていた懸念が一気に解消される。戦況が苦境に陥った時。保管していた食料に何かがあった時。リスクは最小限に抑えられる。


 それが、本当だったのなら。

 

「すでに、手配してます。これから、案内しますよ」


 そう言って、ヘーゼンは背を向け無防備を晒す。


「……」

「それでも、なお私を殺すならどうぞ」


 そう言って。


 スタスタと歩き出す。


「……」


 マラサイは忌々しげに、自身の魔杖を鞘に収めた。


「ブラッド…行くぞ」

「……はい」


 外へ出ると。そこには、黒髪の少女と巨漢の男が立っていた。


「秘書官のヤンと護衛士のカク・ズです」

「……そこの男。素晴らしい戦闘力だな」


 マラサイは一瞥して、その類い稀な肉体を眺める。


「私の盾です。ブラッド様と対峙させても、互角に渡り合うだけの自信があります。それと、そこのヤンですが」

「あの少女が、なんだ?」


 マラサイの問いに。


 ヘーゼンはヤンの頭に手を添えた答える。


「いずれ、あなたを超えますよ。もちろん、戦闘においてね」

「すっ、ー!? なにを言っちゃってるんですか!」


 ヤンはガビーンとしながら反論する。


「事実だ」

「事実な訳ないじゃないですか!?」

「謙遜は嫌いだ」

「はわわわっ……ほら、睨んじゃってるじゃないですか!? マラサイ少将、嘘ですよ、嘘。この人、嘘しか言わないんです」

「僕がいつ嘘を言った?」

「いま、今今今! 今、この時、この瞬間!」

「……」


 そんな言い合いに。


「ククク……ハハハハッ……ハハハハハハハハッ!」


 マラサイ少将は初めて大声で笑う。


「面白い男だな、ヘーゼン=ハイム」

「どうも、子どもは苦手で」

「大事にするといい。貴様だけだったら、斬るか斬らないか迷っていた」

「対抗策は考えてますので、ご心配なく」

「ま、また! すーは、素直に聞くと言うことを知らないんですか?」

「素直だよ」

「ち、違うんですって」

「ククク……」


 そんなやり取りをしながら。


 マラサイ少将、ブラッド、ダゴル、クレリック、ガスナッドは、準備された馬に乗る。


「途中までは、馬で行きますから。砂漠からは乗り替えます」

「それはいいが……なにをしている?」


 ヘーゼンはカチャカチャと馬に鎖をつける。


「ああ。気になさらず、くだらないことです」

「なんだ?」

























「砂漠を横断するので。ついでに、無能ビガーヌルをを引き廻ししとこうと思いまして」

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