結末


 砂漠へと到着した時、マラサイが目にしたのは、背中にコブがある馬のような動物だった。頭数は数百。乗っている褐色肌の者たちは、痩せてはいたが、全員が生き生きとしていた。


 その中で、リーダーらしき女性がその動物に乗って、向かってくる。


「ご苦労様、キアナ」

「はい」


 褐色肌の女性はヤンに向かってひざまずく。

 

「この魔獣は?」

「ラーダです。砂漠の過酷な環境に適応するため、背中のコブは脂肪でエネルギーを蓄えます。それだけでなく、汗をあまりかかないこの魔獣の放熱も手伝います」

「……凄いな」

「この魔獣は、数日間水を飲まなくても平気です。そして、蹄も砂漠を歩くために適応し、速度は馬の約2倍。馬5頭で乗り換えなくてはいけないここまでの道のりも一頭で事足ります。馬力もあるので、荷台を軽々運ぶことができます」

「……」

「では、行きましょうか」


 ヤンはキアナに指示をして、複数のラーダを準備する。全員が、馬から乗り換えて、砂まみれ、瀕死のビガーヌルは鎖を付け替えられて、移動を開始する。


 数時間ほど歩くと、そこにはオアシスが見えてきた。そこには、草木が見事に生い茂っていた。そして、住んでいる人々は、ヤンを視認するや否や、全員がひざまづく。


「彼ら砂漠の民は、帝国ではなくヤンに従ってます。そして、ヤンは私の秘書官ですので、結果的には帝国に従うことにはなりますがね」

「不本意ながらですよ、不本意」


 軽口を叩き合う2人を、周囲が驚愕の視線で眺める。


「……驚きだ。どうやってこのオアシスを?」


 マラサイとブラッドだけではない。ドクトリン領の文官であるダゴルをはじめ、クレリック、ガスナッド、モルドドですら、信じられないような表情を浮かべる。


「詳細は省きますが、まずは過酷な環境にも関わらず、砂漠とともに生きる決断をしてくれた彼女たちに感謝をしなくてはいけません」


 ヤンは笑顔でキアナに語りかける。


「いえ。聖女様は私たちに希望を与えてくださいました。今までは、圧政のため、奴隷か死しか選べませんでした。そんな運命だった私たちを、あなた様は導いてくださったのです」

「……っ」


 その時、ダゴルは顔を真っ赤にして下を向いた。


「次のオアシスまでは数時間かかりますので、休憩しましょうか」

「こ、こんな規模のオアシスがいくつも?」

「頑張りました」


「「「「「「「……」」」」」」」


 いや、頑張ってやれるレベルじゃねーだろ、と全員が思う。


 オアシスの村へ入ると、そこには、子どもたちが遊んでいた。商人が声を張って物を売っていた。汗をかいてラーダを飼育して生きる者たちがいた。


 間違いなく、活気のある生活がそこにあった。


 テントの中は快適な温度で、酒も十分に振る舞った。マラサイは結構な酒豪らしく、打ち解けたら大いに喋り、笑い、飲んだ。


「んぐっ……変わった味だな」

「この酒は、私たちの領で生産した試作品です」

「癖になる、いい味だ」


 飲みっぷりがいいので、相当気に入ったのだろう。


「商品化できましたら、定期的にお持ちしますよ」

無料ただでか? 気前がいいな」

「酒は、とにかく味を知ってもらうことから始めませんと。特に、あなたから振る舞った酒を断れる部下はいないでしょう」

「ククク……まあ、そうだな。しかし、まるで、商人のようだな」

「財政が厳しいんですよ、我が領の懐事情は」

「そんな中、民に向けて施しを行ったと、そこのモルドドに聞いたぞ?」

「いわば、投資です。結果的には最良になり、ある程度回収もできました」


 そう言ってのけるヘーゼンに、マラサイは笑う。


「正直、貴様らの内輪揉めなど、どうだってよかった。しかし、ヤンと言う少女を敵に回せば、今回の補給路は手に入らない。そう言いたいのだな?」

「はい。なので、どうかお力添え頂きたく」

「わかった。ブラッド、手配しろ」

「かしこまりました」


 さすがは生粋の武官。話が早い。これで、間違いなくビガーヌルは失脚。いや、それどころか奴隷堕ちの憂き目に遭うだろう。


「しかし……ビガーヌルは哀れだな」


 誰かが言った。


「そうですか?」


 ヘーゼンが首を傾げる。


「あの方は、長年ドクトリン領の民を飢えさせ、それを是とした。結果として、そこから領は発展することなく、荒野と化した。腐敗政治の温床を作った犯人として、処断されるべきでしょう」


 敢えて民を飢えさせている。それを聞いた時点で、ヘーゼンは彼を標的にした。有能だろうと、無能だろうと、排除することを決めた。


「ふん……しかし、やつだけの責任ではあるまい?」


 ガスナッドが面白くなさそうな表情を浮かべて答える。恐らく、自身の責任を感じているのだろう。


 しかし、ヘーゼンはこともなげに答える。


「誰の責任だとか、どうでもよくないですか? 要するに、と言うことです」

「……」

「過去の死者に対して、責任を取ることなどできはしない。犯人を突き止めて殺したとしても、殺された者が戻ってくることはないのだから」

「……」

「だから、さも犯人に見える人を選んで、生贄スケープゴートにして、砂漠の民の不満のハケ口として一身に不満の石を投げさせる。ただ、それだけのことです」


 善も。


 悪も。


 そこには、存在しない。そこにあるのは、被害者と加害者。そして、それを逆転させた。ただ、それだけのことだと、ヘーゼンは慣れぬ酒を口に運ぶ。


「痛痛痛……やめ、やめてぇ!」


 石を投げられて檻の中でうずくまっているビガーヌルを見て。


 ダゴルは狂喜し。


 マラサイは目を瞑り。


 ブラッドはほくそ笑み。


「……」


 ヤンは、ただ黙って見つめ。























 ヘーゼンは眼中にもなく、次の思考に耽った。

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