証拠


 その場にいる幹部たちは、思わず聞き返した。ゲスノヒトは、この期に及んでなにを言っているのだ。さすがに、汚職に手を染めた張本人の、その言い訳はあり得なかった。


 そして。


 当然、犯人指名されたビガーヌルは、信じられないくらいに歪んだ表情を浮かべていた。眉毛も、口も、鼻も※


※鼻はヘーゼンが以前にへし折っている


「き、き、きしょ、きしゃま……い、い、い、いったいなにををを?」

「わ、私はぁ! すべて、領主代行の指示でやっただけなのに! なんで、そんなことを言うんですか!?」


 !?


 さも、真実かのように。ゲスノヒトが切実に訴えた。声は震えていたが、強く揺るぎない口調で。


 外部から見れば、嘘をついてないように見えた。


「き! 貴様! いったい、なにを言っているのだ!? 嘘です、嘘嘘嘘! 真っ赤な嘘ぉ!」


 当然、ビガーヌルは発狂したように叫ぶ。


「聞いてください! 私は本当はやりたくなかった。本当はやりたくなかったのに……強制的にやらされました。すべて、ビガーヌル領主代行に脅されて……」

「だ、黙れぇ! ふ、ふ、ふざけりゅなぁ! そんな言い訳が通るとでも思ってるのかぁ!?」

「言ってくださったじゃないですか! 『なにかあっても、絶対に守る。私はドクトリン領で1番の権力者だから』って」


 ビガーヌルは『うぅん』と呻き声をあげながら首を高速で横に振る。


「嘘ーーーー! 嘘嘘嘘ーー! とんでもない! と・ん・で・もないおぅ嘘ーーーー!」

「ルート削減で浮いたお金だって、全部、自分の懐に入れて。私は指示を忠実に行っただけだ。一文も受け取ってない! なんで、私だけ売ろうとするんですか!」

「ち、ち、ち、違います! 違います違います違います! こいつは、嘘を言っている! 断固として、絶対に、不可逆的に嘘ーーーーー!」


「「「「「「……」」」」」」


 幹部たちは全員、頭を抱えた。なんだ、この醜い茶番劇はと。互いに罪のなすりつけ合い。同じ側に立っていても、正直、見るに耐えない。


 もう、駄目だ。


 もう、確実に終わった……と思った時。


「ちょっと待ってください!」


 一声とともに、2人の男が入ってきた。


 それは、上級内政官のモルドド。そして、彼に支えられながら、息耐え耐えに歩くダゴルだった。


 ビガーヌルは、充血したウサギのような目をガン開きに開く。


「が……ががががっ……き、き、貴様っ! どうやって」

「この混乱に乗じて助けられたのよ。貴様が行った理不尽な監禁からな!」


 声高々に。


 まるで、主人公然に。


 ダゴルは叫ぶ。


「……制圧したのではないのか?」

「確認します」


 マラサイの問いに、ブラッドは忌々しげに答えて、部下たちに指示をしようとする。


 その瞬間。


「必要ないです。案外ぬるいですな。最前線仕込みの包囲は」


 声が響き。


 彼らの後ろから。


 黒髪の男が入ってきた。


「なんだ、貴様は?」

「下級内政官のヘーゼン=ハイムと言います。初めまして」

「……斬れ」

「はっ」


 マラサイが指示をすると、ブラッドが瞬時に抜刀する。しかし、その刃は届かなかった。次の瞬間、ローブを被った男が現れて、それを防いだからだ。


「噂に名高き、隼流鏑馬はるきうですか。見事な魔杖ですね」

「……っ」


 対峙した男は、膂力のままに、弾き飛ばす。クルっと空中を回り着地したブラッドは細い瞳をギラつかせながら睨む。


「……貴様、何者だ?」

「名などありませんよ。ヘーゼン内政官の、しがない、ただの付き人です」

「……」


 2人は、互いの間合いを計りながら膠着する。


 そんな最中、堂々とヘーゼンはダゴル、モルドドの下へと歩み寄り、1枚の洋皮紙を手渡す。


「ご、ご苦労だった」

「はい」


 ダゴルが労いの言葉を贈り、ヘーゼンが返事をする。その光景は、どう見ても部下と上官の間柄だった。


 そして、ダゴルはマラサイ少将に向かって悠然と叫ぶ。


「この失態は、ビガーヌル領主代行によるものです。そして、それを指摘すると、彼は私を牢に監禁したのです!」

「ち、ち、違う! 違う違う、違う、そうじゃ、そうじゃぁなぁい! あ、あ、あいつは、上官である私に暴力を振るったからぶち込んだのだ! 私たちの秘書官も見ていた!」

「あなたのでしょう? そんな身内贔屓の証言、信憑性などあると思いますか?」

「き、き、き、貴様ぁ!」

「ゲスノヒトの件もそうだ。自身でルート削減を承認しておきながら、すべてを彼のせいにしようとした!」

「違ーーーーー! ちっ、違ーーーーーー!?」

「その証拠に! ビガーヌル領主代行は、我々がルート統合による危険性を指摘したのにも関わらず、公然とそれを否決し、揉み消した!」

「い、い、陰謀だ! 印象操作だ! こいつは、私をハメようとしている」

「……」


 そんな言い合いの最中。クレリックは状況を注視して見守る。ダゴルが優勢に見えるような言い合いだが、所詮は内輪揉め。


 マラサイ少将も呆れているし、たとえどちらが勝ったとしても益のない言い争いだ。まず、どちらも更迭される。


 なんだ……なにを狙っている。


 クレリックがモルドドの方を見た。すると、彼は意味深に首を少し縦に振る。


「ちっ……後で説明しろよ」


 瞬時に、クレリックがガスナッドに視線を送る。


「ふん……」


 と面白くなさそうな表情を浮かべる。


「が、が、ガスナッド! そうだよな、このゲスノヒトが汚職を行ったんだよな? 貴様がそう言ったんだよな?」


 そんな中、ビガーヌルはガスナッドに擦り寄り、裾を掴んで、何度も何度も確認する。


 しかし、首は縦には振られなかった。


「ふん……記憶にありませんな」

「ひぶっ! 嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だぁ! 嘘、嘘嘘嘘うそうそうそうそうそうそう!」


 あまりにも連呼し過ぎて、肯定しているように、見えた。


「ふん……私が承知しているのは、あなたがゲスノヒトのルート削減策を承認したこと。そして、ルート削減による不明瞭な資金の流出があったこと。最終的にその資金が誰のもとに渡ったのかはわかりません」

「そ、そんな……」

「ほらな! 言ったことか! 貴様の元に資金が渡ったのだ!」

「しょ、証拠がないだろう! そこまで、言うからには証拠は! 持ってるんだろうな!」

「ククク……ある。貴様が私たちの献策を意図的に廃案にした証拠が!」


 ダゴルは、高々と洋皮紙を掲げだ。


 それは。


 ビガーヌルが全財産を賭けて。


 一生を超える借金をしてまで。


 手にした資料だった。


「なっ、なっ、なっ、なななななななんでぇ!? な、な、な、な、な、な、な、ななななななななな、なーななななーななーなななーな゛っー!?」


 ビガーヌルは顎が外れそうな表情で、ヘーゼンを見る。


 一方で。


 ヘーゼンは満面の笑みを浮かべて答える。























「無能過ぎません? あなたの部屋、探してたらありましたよ?」

「……っ」

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