暴露


 内心、クレリックは痛いところを突かれたと思った。当然、あるべき指摘だ。もちろん、そうすべきだと思ったし、そうであるべきだ。


 しかし、ビガーヌル自身が断ってきたのだ。


 この時、何度も説得を試みたが、断固として首を縦には振らなかった。最終的にクレリックが説明を買って出たのは、まさしく、苦肉の策だ。


 問題の本質は、ビガーヌルが領主代行の器にないことにある。


 しかし、ここで、すべての責任を押しつけると、内輪もめ感が出てしまう。クレリックは忠実な帝国将官である。そうであるが故に、ドクトリン領のためには、矢面になって行動せざるを得ない。


「すいませんね。マラサイ少将は、あまり細かいことは気にしないのですが、私はなーんか、気になっちゃうんですよねぇ」


 ブラッドは、その猫目でビガーヌルを覗き込む。


「た、た、他意はないです。私は、若手に経験を積ませることを信条としているので」


 焦ってペラペラと。ビガーヌルは、薄っぺらい言葉を並び立てた。ブラッドは即座にニヤァと猫が笑っているような表情を浮かべる。


「なるほど。それで、敗戦処理を部下にやらせた、と?」

「……っ」


 嫌な男だとクレリックは内心で思った。正直、ビガーヌルの心証など、どうだっていい。むしろ、今回の件で降格すらすればいいと思っている。しかし、それと今回の件は、やはり別だ。


 ガスナッドの指摘通り、ドクトリン領には経費削減の風潮が蔓延していた。自分たちは所詮は後方支援の立場だ。そんな、危機管理の薄い感覚が生じた気の緩みだとも言える。もちろん、ビガーヌル自身がそのような流れを促進したということも事実だろう。


 しかし、『ビガーヌル個人だけのせい』だと言うべきにはいかないのだ。


 例え、そうだとしても。組織が個人だけの責任にしてはいけない。トップであろうと部下であろうと、組織が取るべき責任は組織にある。


 その理屈を前に、ブラッドも異存はないのだろう。しかし、だからこそ、この男は綻びを探そうとしているのだ。


 そして、それこそが、他ならぬビガーヌルだと認識したのだ。不本意ながら、クレリックはビガーヌルの前に立ち、余計なことを喋られぬよう代弁する。


「組織の責任は組織にあります」

「えー! でも、明確な責任があるでしょ? どこの誰が悪かったのかなー、と」

「それは、内輪の話ですので。当然、厳正に対処いたします」


 クレリックが言葉を濁す。当然、罪は罪で糾弾する。汚職を行ったゲスノヒトはよくて懲役。最悪、首に縄をかけられるだろう。ビガーヌルも当然、糾弾する。


 しかし、それは敗者の弁としては適当でない。他者への責任転嫁はどうやったって無責任に映るからだ。


「えー……誰のせーいーかなー? どう思います? マラサイ少将」

「くだらないな。興味はない」

「……」


 よし、と内心喜ぶ。ガスナッドの情報通り、マラサイ少将は、この手の話に興味はない。ブラッドは彼の腹臣中の腹臣。上官のいうことには基本、逆らわないはずだ。もう少し嫌みに耐えれば、そこまで大きな問題に発展することは――


「き、聞いてください! 補給部隊の急襲に遭いまして! こ、この男が犯人です」


 !?


「……っ」


 ビガーヌルが、這うように歩き、ゲスノヒトを前にさし出した。


「こ、こ、この後方支援部次長が、こともあろうに汚職に手を染め、補給経路の削減を行ったのです。全部、こいつが……こいつのやったことです!」

「……っ」


 全部ぶち壊しだ。その場にいた幹部すべてが唖然とした。そんな責任逃れのような説明が通じる訳がないと、何日も前から全員が説明を準備していた。


 当然、このパターンも想定して、ビガーヌル自身も了承したのだ。


 それが、わかっているにもかかわらず。ビガーヌルは、完全にゲスノヒトを人身御供に差し出した。


 とてもじゃないが、正気の沙汰とは思えない。


「なっ? そうだよな? 全部、お前のせいだ? 私は悪くない。そうだよな? そう言えよ? そうなんだよ? な?」

「お、落ち着いてください。マラサイ少将、ビガーヌル領主代行は、少し取り乱してしまっているようです。私から説明させてください」


 クレリックが慌てて、前に立つ。


「だ、黙れ! どうせ、お前も私を騙すのだろう? その手には乗らない! 全部、この男のせいだ!」

「……っ、いったい、どうしたと言うのです!? 落ち着いてください!」


 強めに諭すが、ビガーヌルはゲスノヒトを睨み続けて叫び続ける。自分は悪くない……自分は悪くない……そう言い立てる。


 クレリックもガスナッドも、領主代行の変わりように唖然とする。さすがに、そこまで頭の悪い男ではない。いや、自己保身という点に置いては、かなり抜け目のない性格のはずだ。


 リハーサル通りのことをやればいいだけなのに、なんでこんなことになる。


 この半日足らずの間に、なにが起こったのだ。


 そんな想いを尻目に、マラサイは非常に不快感を、覚えたような表情をする。


「……吐き気がするな。こんなクズのような者に背中を預けていたなんて」


 もちろん、囃し立てたブラッドも、他の軍人たちもビガーヌルに軽蔑の眼差しを向ける。


「くっ……」


 終わったと、思った。


 マラサイ少将の発言権は絶大だ。中将以上の全員が彼に敬意を払い、彼の発言を軽視することなどあり得ない。


 ビガーヌルのみならず、ドクトリン領の失態として責任を取らされる。ガスナッド、クレリックも含め、幹部職は全員降格。この後、中央から懲罰委員会が派遣され、査問を受ける。最悪全員が罷免になるかもしれない。


 こんなバカに巻き込まれるなんて……無駄と無益とオンパレード。クレリックは、頭がクラクラした。


 そんな中。


「りょ、領主代行の指示です」


           ・・・


























「「「「「「……はっ?」」」」」」


 ゲスノヒトの一言が、大広間内に駆け巡った。


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