捕縛


 すっからかん。比喩表現ではなく、言葉通りだった。領主代行ともなれば、いわゆる地盤商人からさまざまな賄賂を贈与をされる。机も椅子も棚もすべて支給されるのだが、そう言ったものを自らの物に取り替える。それが、慣例だ。


 それを、すべて業者が引き取っていった。


「はっ……こんなものか」


 ビガーヌルは、吐き捨てるように、つぶやいた。所詮は、金なんてそんなものだ。自らの地位さえ守れれば惜しくはない。


「さて。どうするか」


 心なしか、いつもより孤独感がある。机も椅子も棚も、なにもない、この殺風景な部屋だからだろうか。


 その足で、絶望に暮れたダゴルの下に行ってやろうか。魂を賭けて虐め尽くすと決めたあの男を。そう考えると、ワクワクしてきた。指を一本一本、切り刻みながら、ヤツの断末魔が聞けるなど、最高の贅沢である。


 そんな中、ノック音が、いつもよりも部屋中に響いた。


「失礼しまー……ど、どうされたんですか!?」


 入ってきた秘書官のガァナッドが、部屋を見渡しながら尋ねてくる。


「……断捨離した」

「だ……いや、しかし、机も椅子も棚もないとなると、業務に支障が」

「うるせぇ」

「……っ」

「殺すぞ、この役立たずのクズカス秘書官が」


 ビガーヌルは、胸ぐらを掴んで凄む。


「ひっ……申し訳ありません!」

「貴様がもう少しまともだったら、こんなことにはなってないんだよ。次、この部屋についてなにか言ったら、その腐った眼球をくり抜いてやるからな」

「ひっ、ひいいいいっ」

「クク……ククククッ……」


 怯えている。愉快だ。非常に、愉快だ。そうこなくてはいかん。そうこなくっちゃ。いや、そうすべきだ。


「おい、私は誰だ?」

「えっ?」

「私は誰だと言ってるんだ! 言ってみろこのゴミドブ秘書官がぁ!」


 再び。ガァナッドの胸ぐらを掴んで、叫ぶ。


「ひっ……ビガーヌル領主代行です」

「そう。私は、このドクトリン領の領主代行。一番の権力者だ。決して、あの天空宮殿で金をばら撒いている賄賂オヤジではない。私こそが! わ・た・し・こ・そが! 絶対権力者である」

「……」

「拍手は!?」

「ひっ」


 パチパチパチ。


「……っ、んくふぅ」


 強めの破裂音を噛み締めながら、ビガーヌルは恍惚の表情を浮かべた。素晴らしいと思った。なんで、この地位であることの素晴らしさに、今まで気づかなかったのだろう。


「今度からは、毎朝礼、やろう」

「……はっ?」

「以前から思ってたのだ。お前たちは脳みそが驚くほど小さくて、無能だから、私がどれだけ偉大かが理解できていないのだ。だから、毎朝、頭に叩き込まなくてはいけない」

「は、はい」

「では、明日の朝からな。時間になったら、大広間に整列させておけ」

「は? あ、あの……私だけでは」

「全員に決まってるだろ!」

「ひっ……し、しかし。みんな仕事でそれどころじゃ……」

「まずそこからだろ!」

「ひっ……」


 ビガーヌルは手を大きく広げた。


「必要なのは、能力ではない。このドクトリン領の統治者である、この私への敬意。忠誠。むしろ、必要なのは、完全不可逆的に、これだけだろう!」

「は、はい。おっしゃる通りです。すぐに手配いたします」

「カスが」

「……っ」

「だ、こらぁ!?」


 バチっ!

 

 ビンタした。秘書官は、なんとも言えない、不満そうな表情をしたので、即座に張り手を喰らわせた。あんまり、吹っ飛ばないことが気に入らないが、その間、ビガーヌルの頭に別の思考がよぎった。


「っと。こんなことはしていられない。間もなく、マラサイ少将がいらっしゃるのだ。出迎えねば」


 ひと通り秘書官を教育して、精神を落ち着かせた所で、門へと移動する。


 そこには、すでに、前には幹部たちが待ち構えていた。いい心がけだと思った。この自分を待っているかのようで、気持ちがいい。


「音楽隊は?」

「……配備しました」


 ビガーヌルの問いに、クレリックが答える。なんとも言えない不満気な表情に、ムカつきを覚えるが、コイツへの教育は後回しだ。


「来た瞬間だぞ? 来た、瞬間にバーン、だ」


 ビガーヌルは、タンバリン奏者からタンバリンを取り上げて、強く叩く。


「何事もファーストインプレッションだ。マラサイ少将には、せっかく来ていただいたのだから、特別なおもてなしをしなくてはいけない。いいか!? と・く・べ・つ、だぞ?」

「……」

「へ、返事をしろりゃぁああ!?」


 ビガーヌルは顔を真っ赤にして叫ぶ。


 そんな中。扉が開いた。


「くっ……教育は後回しだ。ほら、なにをやっている。早ーーくっ!?」


 言い終わる前に。頑強な鎧を纏った屈強な兵たちが、剣を持って、次々とビガーヌルたちを取り囲む。


「ひっ……な、なにを……」


 最後に。片目に眼帯をした、屈強な男が立った。


「ま、マラサイ少将……こ、これはーー」




















 






「縛れ」

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