狂競


 命を賭けたオークション。まさに、そう呼ぶにふさわしい、狂い狂った値段交渉。ビガーヌルもダゴルも、まんまとその天秤に乗っかってしまった。


 そして。


 悪魔のような黒髪の男は、まるで好青年のように、爽やかな微笑みを浮かべている。


「大金貨40枚か……ビガーヌル領主代行。どうします?」

「……っ」


 ぬけぬけと。


「大金貨45枚だ」

「ダメですね」


 !?


「な、なんで……ですか!?」

「言ったでしょう? あなたは大金貨15枚上乗せって」

「くっ……大金貨55枚……もう、これ以上は出せません」

「……」


 ヘーゼンは振り返って、ダゴルの方を見る。


「ですって。どうします?」

「だ、大金貨70枚」

「……っ」


 このバカが。この狂競きょうそうに乗せられて訳がわからなくなっているのか。こうなることがわかっているのに、なんの策も持たずに、ただ保身のために金額をつり上げるのか。バカが。無能が。ドポンコツが。


 ビガーヌルは、相変わらず、ダゴルを締め殺したい衝動に駆られる。しかし、感情は抑えなくてはいけない。


 なんとかこの男と連携を取って安く買い叩かなくてはいけないのだが、面着で監視された元に交渉が行われるので、どうしようもない。


「だ、だ、大金貨85枚」

「90枚! なめるな」

「ぐぅ……」


 この単細胞が。


「だ、大金貨105枚!」


 返す刀でビガーヌルが宣言した時。ヘーゼンが少し考え込むそぶりを見せた。


「……ここからは、あなた方の資産に即してもらいましょうか?」

「ど、どういうことですか?」

「いやね。私の試算では、そろそろ互いの資産が底をつくと思うんですよ」

「くっ……な、なんでそんなことを」

「内政官ですから。ファクトチェックは欠かさないんですよ」


 ヘーゼンはそう言って。持っていた数枚の資料を2人に見せる。それは、算定表だった。彼らの持っている金。帝国から出されている給料。そして、現在保有している金。


「はがぁ……ふぅ」


 いつの間にこんなことを調べたのか。驚愕よりも、圧倒的な恐怖が勝る。まるで、こうなることを知っているかのように、準備していたというのか。調査していたというのか。いや、そんなこと……神や悪魔でなければできないはずだ。


 そんなこと、あり得ない。


 ありべきでは、ない。


「2人とも持っている金は、ほぼ同じだ。大金貨100枚というのが、一つの線引きで、ここからは金以外のものを差し出してもらわなければいけない」


 !?


「な、な、な、なにをいっておりるのりか?」


 舌が上手く回らない。だって、意味不明。だって、理解不能わからない。だって、もう……


「もう、ないって言ってるのにぃ! なんで、なんでわかってくれへんのやらぁす?」

「そうですか? ほら。だって、いろいろあるじゃないですか? 2ページ目。不動産とか」

「はっ……くっ……」


 こいつ。土地まで没収すると言っているのか。


「心配しないで下さい。売価について買い叩く気は毛頭ないですから。地価に即して算定します」

「そんな地価なんて、すぐにわかる訳がないじゃないですかぁ!?」

「わかりますよ。はい、これ」


 そう言って、ヘーゼンは新たな資料を2人に手渡す。


「こ、これは……」

「ナンダルという優秀な商人がいましてね。あなたたちが所有している不動産の地価証明です。キチンと、即座に、公に、売却できるように準備は抜かりないんで、ご心配なく」

「はっ……くっ……な、なんれぇ?」


 違う違う、そうじゃ、そうじゃない。


 配慮の箇所が、圧倒的に、そこじゃない。


「私は内政官なんで、事前の根回しは欠かさずに行います」

「……っ」


 悪魔。


 絶対的な悪魔。


「……ゴザニムストの土地を出す」


 !?


 そんな中、ダゴルがつぶやく。


「きさ……きしゃまぁえええええええ!?」


 ビガーヌルが、奇声を発しながら、ダゴルの胸ぐらを掴む。


「ぐはははははひっ! じ、地獄に堕ちろ! どこまでだって、張り合ってやる! 絶対に、完全に、不可逆的に貴様を殺してやるぅううえ!?」


 よだれを垂らしながら、目が充血しきったダゴルは猛然と叫ぶ。こいつ、完全に壊れている。壊れ切って、狂い切っている。


 ふざ……けるな。


「ふざけるなぁああええええええっ! きしゃまが地獄だぁええ! ザマスの土地を売る! ゾベナンゾもおえええぇ!」

「……っ、殺す殺す殺すうううううぅ! ベヌオヲとガルスタ、ボカネデスでどうだぁ! 死ねええええてえええっ!」


 互いに、奇声と罵倒のオンパレード。もう、関係ない。相手が黙るまで、上限いっぱいまで、やってやる。


 やってやる。


 ってやる。


「グハサルゴ、ラダハンド、ゾノハモン……」

「ダゴル長官、大金貨160枚分」

「ルヨンナ、ガシャエクゥ、ドラゴハン……」

「ビガーヌル領主代行、大金貨180枚分」


 次々と土地が羅列され、どんどん金額が釣り上がる。もう、投げ捨てることに、なんの抵抗も感じない。ただ、この狂競に勝つ。ダゴルを殺す。それしか、もう考えられなくなった。


         ・・・


 やがて。


「うぐぅ……ご、ゴナス」

「大金貨216枚……ここまでですね」


 ヘーゼンがそう宣言する。


「ビガーヌル領主代行が大金貨242枚分。ここまでです」

「そ、そんな訳ない……そうだ、ガルスタは?」

「言いました」

「ベルモナ! ベルモナは!?」

「それはあなたの土地じゃなく親戚の土地ですよね?」

「勝った……買った……勝った……のか?」


 ビガーヌルは何度も何度もつぶやく。生き延びることができた。これで、この地位でいることができる。これで……


「そ、そんな……ふぐぅ……」


 ダゴルがひざまずいて、すすり泣く。


「くはぁ……くはははははひっ! ざまぁ! ざまぁみろ! 絶対に殺してやる! 貴様だけは絶対に! なにがなんでも! 天地天命にかけて! 皇帝陛下の名においてえええええええええぇ!」


 ビガーヌルは、涎を垂らしながら、勝利の奇声を叫びながら踊る。


 そんな中。


 ヘーゼンはダゴルに優しく声をかける。


「まだですよ。まだ、これからじゃないですか」

「えっ?」

「えっ?」


 ダゴルはすがりつくように、ビガーヌルは信じられないような表情でヘーゼンを見る。


「で、でも! この汚物には、もう資金も土地も全て尽きて……」























「金がなければ、借りればいいじゃないですか」

「……っ」

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