交渉
この男は、いったい、なにを言っているのだろうか。今しがた、『買う』と言ったのに。もしかしたら、聞こえなかったのだろうか。そうに違いない。絶対に、そうだ。
「あの……私が大金貨30枚で買うと言ったんですが」
「耳が腐ってるんですか? 私は100枚と言ったんですよ。当然ですが、そんな端した金じゃ当然売れません。だから、買ってくれそうな人に売ろうかと思いまして」
「はっ……ぐっ……」
ビガーヌルは開いた口が塞がらなかった。こいつ、まさか……
「ほら。これって、ダゴル長官にとっても重要な書類だと思うんです。だって、あなたに売れば、多分彼を殺すでしょう?」
「い、いえ。決してそのようなことは……」
「事実かどうかはあまり重要じゃないんですよ。大事なのは、ダゴル長官がどう思うか。そして、ビガーヌル領主代行。あなたがどう思うかです」
「ぐっはぁ……」
間違いない。この男は、互いの命を天秤にかけて、より高い方に売ろうとしている。
「どうしましたか? まあ、ついてこなくても別にいいですけど」
ヘーゼンは颯爽と部屋を出る。ビガーヌルは、「ちょ、まっ」と言いながら追いかけるが、その中で秘書官が目に入った。こちらを振り返る気配もない。
「密かにこの部屋を探せ」
小声でボソッと秘書官に命じる。
「えっ……と、なにを」
「そんなこともわからないのか!? とにかくーー」
「その態度はいただけないですね」
「ひっ……」
気がつくと、ヘーゼンの鋭い視線がこちらを捉えていた。
「まだ、立場をお分かりになっていないようで」
「い、いえ。そんなことは……」
「決めました。ダゴル長官には、大金貨10枚、安く売ることにしましょう」
「はぅ……そ、そんな」
「仕方がないですよね。悪いことをしたらお仕置きをしなくちゃ、クセになりますから」
「……っ」
こいつ。まるで、こちらをペットかのように。
「あれ……返事がないですね?」
「わ、わ、わかりました」
「よろしい。じゃ、行きましょうか? っと、次におかしな挙動をしたら、
「くっ……」
「あれ? なんか、気に入らないな……その目」
ヘーゼンはビガーヌルの方に近づいて鋭い瞳で見据える。
「よし。大金貨5枚上乗せしよう」
「そ、そんな……な、なぜですか?」
「言ったじゃないですか。気に入らないんですよ。その反抗的な目つきが」
「はぐっ……そ、そんなことで……」
「あれ? 反抗ですか?」
「い、いえ。わかりました」
「そうですか。じゃ、行きましょうか」
「……っ」
絶対に普通じゃない。ほんのささやかな反抗すらも許してくれない。こんな暴君のような男、見たことがない。
地下牢に到着した。ヘーゼンは以前よりかなり毛髪をすり減らしている老人に向かって、爽やかな笑顔を投げかける。
「お久しぶりです。ダゴル長官」
「な、なにしに来た!?」
「これ……ビガーヌル領主代行に売ろうかと思ってるんですよ」
そう言って。ヘーゼンは、ピラピラと書類を掲げる。途端に、ダゴルは滝のような汗をかき始める。
「はうぅ……な、なぜ、そ、そんなバカなことを」
「一応、大金貨30枚で買うみたいで。でも、端した金でしょ?」
「……っ」
ダゴルとビガーヌルの表情は驚くほど一致していた。
「他に買い手がつかないようであればお譲りしようと思ってるんです」
「そ、そんなこと……し、死んでしまう! 私が、ビガーヌルに殺されてしまう」
「ククク……そうですね。死にますよね」
「……っ」
デジャヴかと思うほど、ヘーゼンは同じやり取りをし始める。しかし、口を挟もうなら、また大金貨を加算されて不利になる。
「わ、私なら大金貨40枚出す! どうだ、いい話だろう?」
「……っ」
は、始まった。
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