高さ


 リスク管理。ビガーヌルは、常にそれを念頭に置いて行動していた。なにをするにしても、自分に被害が及ばないように。自分に被害が及んだとしても、それを最小限に抑えられるように。


 しかし、上に昇進あがっていくに従って、部下の数は増えていく。部下。部下の部下。部下の部下の部下。部下の部下の部下の部下。部下の部下の部下の部下の……負わなければならないリスクは増える一方だった。


 割に合わない。


 そう思い始めたのは、次長職に上がった時だったか、だから、すべての行動を自分からではなく、部下に指示させた。必要以上の責任を負わないための自衛策だ。


 しかし、ここに来て、とうとう踏み込まなければいけない線があった。今までのようにいかない。どうしても、どうやったって。


「……はぁ……はぁ……あはぁ……んっ」


 思わず、ビガーヌルは心臓を押さえた。胸の動悸が早い。緊張している。ダゴルをあそこまで、ぶっ壊したヤツと対面して交渉しなければならないことに、酷いストレスがかかる。


「誰か他に……そうだ、モルドド」


 いや。ヤツもまたクレリックと同じだ。自分がいなくなった方がいいと考える、敵だ。


「そうだ。他の部署の長官に……」


 いや、隠蔽工作を指示するなんて。そこまでやらせられるような親密な部下はいない。


「誰か……誰かぁ……」


 ブツブツとつぶやきながら、フラフラと徘徊する。その時、パッと一人の老人の顔が思い浮かぶ。


「ダゴル……」


 思えば、あいつだけだった。なにを指示しても、例え、違法行為でも。忠実に自分の命令をまっとうしようと食らいついてきた。自分の言うことならば、とにかく、なんでもやってくれた。


「ううっ……ダゴル……ダゴル……ダゴル……」


 ビガーヌルはうめきながら連呼する。なんで、気づかなかったんだろう。あいつこそが、大事な部下だった。あいつこそが、唯一の部下だった。


 ダゴル。


「あの……大丈夫ですか?」


 そんな中。


「はうっ……」


 廊下からヘーゼンが歩いてきた。こちらの様子を見て、心配そうな表情をして声をかけてきた。


「あがっ……がっ……な、なんでぇ」


 なんで、ここに。


「フラフラなさってたので。体調でも悪いのかと」

「い、いや。大丈夫」

「よかった。では」

「……っ」


 ヘーゼンはビガーヌルとすれ違い様に、軽く会釈をして通り過ぎて行く。


「まっ、待て!」

「はい? どうかされましたか?」

「……っ、そ、その。ヘーゼン内政官。こ、今回の食料供与について、感謝する」

「いえ。お気になさらないでください。将官たる者、帝国の危機に協力するのは当然ですから」

「……っ」


 よくも、ぬけぬけと。この場で、飛びかかって締め殺したい衝動をビガーヌルは必死に抑えた。


「では、失礼します」

「……っ、まっ待て!」

「はい?」

「その……折入って話があるんだ」

「はい」

「ちょ、ちょっと、ここでは」

「では、場所を移動しましょう」


 ヘーゼンは先導して、自身の執務室へと入る。秘書官を残し、ビガーヌルも後から入る。


「で? 話とは?」

「……っ」


 ヘーゼンはソファに座って、足を組みながら尋ねてきた。先ほど廊下で会った態度とは打って変わった傲慢ッぷり。


 明らかにナメられている。


 なんだその態度は! と、怒鳴りたい衝動をビガーヌルは必死に抑える。


「その……この書類だが」

「書類? ああ、これですか。懐かしいですね。書類ですよね?」

「ぐっ……やはり、君が?」

「なんのことでしょう?」

「と、とぼけるな!」

「……とぼける、?」

「はぐっ……」


 ヘーゼンの眼光が鋭く光る。ビガーヌルは、数歩後ずさり、ニヘラと笑顔を取り繕う。


「と、と、とぼけなくてもいいじゃないか」

「単刀直入に言って欲しいんですよ。まどろっこしい言い方は好きじゃないんです」

「……っ」


 湧き上がる屈辱を抑えながら、深々とお辞儀をする。


「その……私が悪かった。だから、この書類の原本を返してもらえないか?」

「お断りします」


 !?


 秒。


 秒で、断ってきた。


「ぐっ……そこをなんとか」

「嫌ですね」

「じょ、条件を。私は領主代行だ。やれることなら、なんでもやる」

「結構です」

「な、なぜ! なぜなんだ!?」

「いやね。私、ずーっと、思ってたんです。あなたは、領主代行の器じゃないって。だから、さっさと降りてもらいたいんですよ」


 !?


「き、貴様っ……」

「貴様? それは、今、私に言いましたか?」

「……」

「勘違いなら、いいんですけど。どっちですか? 私に言ったんですか?」

「……ぐほぉ……ぉん」


 ヘーゼンは立ち上がり、額と額が当たりそうな距離まで顔を近づけて、睨む。


「い、言い間違えた。君だ。君と、言ったんだよ」

「なら、よかった。ただ……」

「ど、どうした?」

「ちょっと気になりますね」

「な、なにがだ?」

「高いと思うんですよね」

「高い? えっと……」




















が」

「……っ」

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