資料
*
その頃、ビガーヌルは焦っていた。翌日、最前線のライエルドからマラサイ少将がやってくるからだ。理由はもちろん、突然に補給が絶たれた理由を糾弾するためである。
新たに補給部隊を派遣することでギリギリではあるが、間に合う採算が取れた。実害としては及んでいないが、当然、説明は求められる。
幹部将官たちは、連日徹夜で説明資料の作成に追われていた。特に後方支援部ゲスノヒトは、罪の意識もあるのか、なんとか挽回しようと一睡もせずにことに当たる。
ビガーヌルは、幹部から出された資料に目を通し、なんとか自身の責任が負わないよう、随時修正をさせる。
「ゲスノヒト次長、輸送は?」
「概ね上手くいってます」
「そうか……ご苦労だった。っと、重ねて言うが、今回のことが万事上手くいけば、大事にする気はない。処分についても内々に済ませることを検討する」
ビガーヌルは、柔らかな笑顔を浮かべて、ゲスノヒトの肩を叩く。
「は、はい! ありがとうございます!」
「……」
真っ赤な嘘である。有能な人材で緊急対応の換えが利かないので従事させているが、この件を片付けさせた時、真っ先に中央に報告して処刑にまで持っていく。自身の出世を阻んだこの男を決して許さない。固く決意していた。
「クレリック次長。接待の準備はできているか?」
「一応、命令なので手配はさせてますが」
「ますが? なんだ!?」
ビガーヌルは不快感を隠さず追求する。
「この緊急時に接待など受けますかね? 私にはどうしてもそうは思えないんですよ」
「貴様……マラサイ少将は、最前線のライエルドからわざわざお越しになるのだぞ? このような、戦のない土地で心を休めずしていつ休めるのか!?」
「……了解しました。あくまで私の感覚ですので、お気になさらず」
「まったく。貴様はなにもわかっていない! これだから、最近の若いやつは使えないのだ!」
「……」
「前線に立ってる者の気持ちもわからないで、よく内政官が務まるな!? ほんっとに使えない」
「……申し訳ありません」
「阿呆が」
ビガーヌルは言葉を吐き捨てる。もう、こいつの用事は終わった。あとは、面倒な仕事ばかり押しつけて、使い潰す。
絶対に許さない。
ダゴルの代わりに引き上げてやろうと思ったが、あまりにも生意気すぎて、気が変わった。どれだけ有能でも、逆らう者は必要ない。
確かに、あの忌々しいヘーゼンから食糧を引き出したが、クレリックの功績にする気など全くない。いや、むしろ、2人ともども難癖をつけて、処分してやろうと心に決めた。
命令にYESという限りは使ってやる。しかし、命令にYESと言わない部下は必要ないのだ。
その意味で言うと、ゲスノヒトは優秀だった。連日徹夜で指示しても決してNOとは言わず、忠実に任務をこなす。しかも、下からの信頼も厚く、この先も、使い潰す気でいたのに、本当に残念である。
一時の気の迷いが、非常に惜しい。
深夜を回って。やっと、説明資料もまとまり、出迎えの準備もできた。挽回策も示して実害がないことがわかれば、苦言を呈する程度で済むのではないだろうか。
ビガーヌルが、フッとため息をついて席へと座ると、一枚の資料が机に置かれていた。
「誰だ! これを置いたのは!?」
「「「「……」」」」
「ちっ。返事もできないのか」
まったく、無能どもはこれだから叶わない。汚職に手を染める者。生意気な者。役立たずの伝書鳩のような者。掃き溜めのような場所だと、ビガーヌルは、舌打ちをしながら資料を眺める。
!?
「はっ……くっ……誰だ!?」
部屋中に鳴り響くほどの音量で叫ぶ。そのあまりの大きな声に、全員が彼の方を向く。
「この資料を置いたのは、誰だ! 返事しろ!」
「「「「……」」」」
「なぜ誰もいない! 資料が歩いてきたとでも言うのか!?」
取り乱しながら、顔を真っ赤にしながら、ビガーヌルは地団駄を踏む。そのあまりの豹変ぶりに、クレリックが近づく。
「落ち着いてください」
「き、貴様かっ!?」
「私ではないですが、なんの資料なのです?」
「貴様ではないのか!? 本当に、貴様では!?」
ビガーヌルは思わず胸ぐらを掴んで凄む。
「ち、違いますよ。しかし、なんの資料かわかれば、誰かがわかるでしょう?」
「……っ、なんでもいいだろう!?」
「は?」
幹部将官たちは、全員一様に、キョトンと浮かべる。
「で、出て行け!」
「あの……どういうことですか?」
「いいから! 出て行けと行ったら出て行くんだ!」
「わ、わかりました」
幹部将官たちは全員、すごすごと退出する。
「なぜだ……廃棄するよう指示したハズだ……なぜだなぜだなぜだなぜだ……」
ビガーヌルは資料を眺めながら、何度も連呼する。
「ダゴル……そうだ、ダゴル……あいつが。あいつだ」
思い出したように、ビガーヌルが立ち上がって、部屋を飛び出した。そして、廊下を全力で走り、螺旋階段を飛ぶように降りて、地下牢へと到着した。そこには、髪が一層禿げ散らかされた、ダゴルが座っていた。
「はぁ……はぁ……き、貴様かっ!?」
「ひっ……申し訳ーー」
「とぼけるな! なぜ、これがある! 廃棄させたのだろう!?」
ビガーヌルは、自身が否決した『ルート統合案の危険性による中止策』の資料を掲げた。
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