調略

          *


 それは、偶然という名の必然だった。モズコールの『大したことがない』という報告に、こぼれていた名前にゲスノヒトが載っていた。後方支援部次長職でSM通い。


 彼にとっては不幸にも、ヘーゼンが膨大に張り巡らせたアンテナの端に引っかかった形だ。


 しかし、モズコールはなんとも言えない不思議な表情を浮かべる。


「いや、彼は至って真人間ですけどね。現状、バブみ適性もありませんし」

「そ、そうか? いや、君の感覚だとそうなのかもしれないが。しかし、その一般的な感覚であれば少し――特殊というか」

「SMがですか!?」

「……」


 信じられないような表情を浮かべるモズコールを、信じられないような表情で見るヘーゼンだったが、それはともかくとして、頷く。


「ザッと経歴と業績を見たが、優秀だな。しかし、夜の店での豪遊にハマっているのか、借金が多いな」

「え、ええ。あの方の実家は裕福な方ではないですし、珍しく単身赴任ですので家族に仕送りをしているはずです」

「……詳しいな。仲がいいのか?」

「プレイ歴が浅いと緊張して口が軽くなるんですよ。そのため、待合室話では、ソワソワ、キョロキョロしながら身の上話をペラペラと話してました」

「そ、そうか」


 ヘーゼンは苦笑いを浮かべて、その場で洋皮紙に書き始める。


「これは、最前線ライエルドまでのルート統合案だ。後方支援部が統括している管轄で手を出せなかったが、経費低減の名目で、ある程度絞らせたい。財務部の掲げる方針でもあるし、ビガーヌル領主代行も納得するだろう」

「なるほど! いい案ですね」


 モズコールは手をポンと叩いて答える。


「……まあ、いい。可能であれば、更にここからルートを絞らせたいが……まあ、難しいだろうな」


 不正に手を染めることの斡旋にはリスクが伴う。下手に話して勘繰られて面倒だし、なによりモズコールは中級内政官の私設秘書官だ。階級が天と地ほど違うので、仕事なら話など通せはしないだろう。


「話、しましょうか?」

「で、できるのか? 相手は次長級だぞ?」

「そうですが、プレイヤー同士でもあります」

「……っ」

「私たちプレイヤーは、特殊なヒエラルキーを持っています。より幅広く、世間一般で厳しいとされるプレイをできる方が強い傾向にある。なので、プレイ中もしくは待合室では、ゲスノヒト次長と対等以上の関係でお話ができると思いますよ」

「た、頼りになるな」


 ヘーゼンが数歩、後ずさりながら答える。


「いや、しかし喜ぶと思いますよ。ルート統合案が通れば、報奨金はもらえますし、そのどさくさでルートを更に絞れば、そのマージンも懐に入れられる。非常にナイスな提案だ」

「さ、さすがだ」


 すでに、不正に手を染めさせる前提で話が進んでいる。恐らくこう言った汚職に手を染め過ぎて、犯罪に対するハードルが皆無に等しいのだろう。


「だが、あくまでさりげなくやってくれ。無理だったら、他にも手があるから」

「任せておいてください」

「……ちなみに、どうやってやるのかな? 少し計画を教えてくれないか?」


 その自身満々の様子が、逆に不安だ。


「プレイ弱者は強者に依存したがる傾向にあります。その性質を利用すれば、自身の優越的プレイに引きずることによって、プレイ中において、もしくは待合室において、私の話は信憑性のあるものに映るでしょう」

「……」

「要するに、自身のフィールドに引きずり出せばいいんです。まあ、見ていてください。彼のバブみという、新たな扉をこじ開けて見せますよ」

「……た、頼りになるな」


 今後は、極力、ヤンとの同席は控えさせようと、ヘーゼンは心に決めた。


「欲を言えば、その先も揺すりたいと思っているが、まあ、それは無理だろうな」


 ヘーゼンは経歴を見ながらつぶやく。やっている仕事自体は優秀で、噂では部下からも信頼されているようだ。不正後も操りたいと思っているが、そこまでは難しいだろう。


「……ハードMと言うことですか?」

「う……まあ、SMをするくらいだから、まあ、そうなんだろうな」

「お言葉ですが、その意見はあまりに浅はかと言わざるを得ません」

「……っ」


 モズコールはキッパリと言い切る。


「ハードMであれば、痛みを『ご褒美』と感じますが、さすがにそこまでは開発されてないと思いますけど」

「そ、そうか。いや、まあ、それはさておき。不正後もチャンネルだけは残しておきたい。可能であればだが」

「確認します」


           *


「と言うわけで、彼がハードMかどうか確認したましたが、『ご褒美』レベルではないかと。『ご奉仕』……ごく一般なミドルというところでしょう」

「……だ、だからそう言うことではなくて、その……今後も連絡が取り合えるかと言うことが言いたいのだが」

「それは可能です」


 モズコールはキッパリと答えた。


「じ、自信満々だな。下手をすれば共犯とみなされかねないのに」


 もちろん、その行動を取った時点で、ゲスノヒトを排除できるよう手配しているが、無駄な殺害は極力控えた方がいい。


「やはり、彼もバブみでして。お気に入りのママを見つけたようで、喜んでました。今後の立ち回りについて、そこで相談したいと言えば、文句を言われるとは思いますが、よほどついてくると思います。いわゆる、おしゃぶりを掴む……ですかね」

「……」


















 胃袋じゃなかったっけ、とヘーゼンは思った。

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