暗躍


          *


 翌日の正午。複数の後方支援官と連携し、ヘーゼンは食糧供給を完了させた。


「信じられない……通常なら、3日ほどかかるのに」


 その仕事の早さに、後方支援官たちは驚愕の眼差しを向ける。


「すでに引き渡しの準備もしていたので。こちらのゴタゴタで戦地ライエルドを放棄する訳にはいきませんから」


 ヘーゼンはニッコリと笑顔を浮かべる。すると、後方支援官たちは、バツが悪そうにうつむいた。


「あの、このたびはゲスノヒト次長が本当に申し訳ありませんでした」

「ああ……着服した方でしたよね」

「……真面目で仕事のできる方だと思ってたんだけどなぁ」


 後方支援官のひとりがつぶやく。


「どんな方だったんですか?」

「後方支援部のキーマンですよ。現に、あの方がいなければ、実務の面で回らない」

「なるほど……能力はあるんですね」


 ヘーゼンはボソッと口にする。


「そんなに金に困ってるように見えなかったけどなぁ」「いや、聞くところによると、借金はあったんだって」「遊ぶ金が欲しかったんだっていう噂もあるけど」「まあ、夜遊びは激しいって話だったし」


 後方支援官たちは、ワイワイと情報を重ねる。


「……」

「っと、すいません。身内で盛り上がってしまって。ウチの部が悪くて申し訳ないという気持ちは本当です。本当に助かりました」


 側から様子を眺めていたヘーゼンに、後方支援官のひとりが、あらためてお辞儀する。


「構いません。困った時は、お互い様ですから。では、引き渡しも済んだと思うので、あとは任せていいですかね?」

「はい」


 挨拶を端的に済ませ。ヘーゼンは、速やかに自室へと戻った。


「ふぅ……」


 やはり、一人は気楽だ。モスピッツァがいないことによるストレスがないのは、だいぶ大きい。一人で書類を見返していると、モズコールが部屋に入ってきた。


「お疲れ様です」

「ご苦労だったな」


 挨拶もそこそこに、モズコールはヘーゼンに書類を手渡す。


「しかし……奇怪な報告書だな」


 ヘーゼンは珍しく眉を潜ませて、目を通す。



           *

           *

           *



 遡ること、1ヶ月前。煌びやか、かつ、薄暗い店内で、ゲスノヒトは両手を地面につけて、打ちひしがれていた。


「まったく。素晴らしいアドバイスだったのに。あの堅物ビガーヌルを理解させるのに、結構かかりましたよ。現場の事をなんにも知らないのに、細かいことだけは気にするのだから……ひぐっ」

「……ちょっと、待ってください」


 同じく隣で打ちひしがれているモズコールは、突然立ち上がり、その店の女王を見る。


「ロウソクは、まだ早いんじゃないか?」

「は、はい……すいません」

「……新人か?」

「えっ……どうして?」

「わかるよ。その鞭の使い方。キャンドルのつたなさ。果ては、この拘束の甘さ。ユッルユルだ」


 モズコールは思いきり縛られている両手の縄を拡げて、これみよがしに空間を作る。


「ご、ごめんなさい!」

「ちっ……」

「ひっ」


 パンツ一丁の中年男は、イラだたし気に、舌打ちをする。


「女王様は頭を下げない」

「は、はいっ」


 モズコールはやれやれと、大きくため息をつき、再び両手を地につけてひざまずく。


「覚えておきなさい。こういう時は、こう言うんだ。『人間様に反論するな、この醜い豚がぁ――!』、とね」

「……っ、なるほど」

「それが、プロの仕事だ」

「わかりました!」

「女王様は敬語を使わない!」

「……っ、りょ、了解!」

「了解もしない!」

「う、うるせぇ! このクソ豚がぁ――――――! さっさとその汚えケツ見せやがれ!」

「いいぞ。その調子だ! よし、バッチ来――――い!」


          ・・・


 プレイ後、モズコールはスッキリした表情を浮かべながら、女王の背中を見送った。


「ふぅ……あの子、なかなか伸びますよね」

「え、ええ。さすがですな、モズコール秘書官。あの有名な変たっ……遊び人であるバドダッダの元秘書官だっただけある」

「あの方も発展途上の段階でしたが、元気にしてるといいですけどね」

「……」


 気のせいか、ゲスノヒトの顔色が引き攣っている。


「すいませんね。しんみりとしてしまいました。さっ、切り替えて次に行きましょう」

「つ、次ですか? いや、しかし私、持ち合わせが」

「私に任せてください」


 モズコールはドンと胸を叩く。


「い、いいんですか?」

「ここだけの話……ちょっとした臨時収入が入りましたね」

「り、臨時収入?」

「……はぁ。まあ、いっか。ゲスノヒト次長にはお世話になってますから、教えますよ。なぜ、バドダッダ上級内政官の羽振りがよかったか。なぜ、私におこぼれが回ったか」

「く、詳しく聞かせてください」

「行きましょう。私のオススメする店があるんですよ」


 モズコールは裏通りの、更に裏にある『MOTHERマザー』と言う看板に向かって歩き出す。


「っと、その前に」


 数分歩いた後、彼は気づいたように立ち止まった。そして、ゲスノヒトに向かって、深々とお辞儀をする。


「あなたの世界観、感じました」

「な、なんの真似ですか!? やめてください」


 その、あまりに綺麗な直角のお辞儀に、周囲からの視線が集まる。


「いい経験でした。私は、SMの店自体は詳しくありません。言わば、素人同然の豚だ」

「はっ……くっ……ご冗談を。キチンと女王さ……新人に指導されていたではないですか」


 ゲスノヒトはオブラートに言葉を包んだ。


「つい、年甲斐もなく失礼しました。次長としては、違った意図だったんですよね? 素人然を愉しむと言う、裏解釈。私、脱帽しました」

「……っ」

「しかし、世の中、痛みもあれば、究極の癒しもある」


 そう言って。


 モズコールは不敵な笑みを浮かべた。


「次は、私の世界観を感じていただければと」



          *

          *

          *


 ヘーゼンは報告された書類を難しい表情で読み込む。


「すいません大した情報じゃなくて」

「た、大したことない? いや、目論見通りハメてくれたので、十分な成果で……」

「鞭によるSMなんて、ごく普通のプレーでしょ? 質も悪い。大して、痛くもないし、棘もない。言ってみれば、偽物ですな。まったく、キャンドルすらおぼつかない店なのだから。動揺しましたが、なんとか……いや、しかし、彼は間違いなくハードMではありません」

「……っ。すまない、モズコール」

「は?」





















「そう言うことではないのだが」



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