賞賛


 ダゴルは、その足でギモイナの元へと直行する。あれから随分と粘ったが、断固として拒否された。こうなれば、自分で指示をするしかない。


 ギモイナ、そしてバライロ。あの男たちならば、パワハラで強制的に執行させられるかもしれない。例え、ぶん殴ってでも……いや、殴り殺してでも、寄付させなくてはいけない。


 自分で指示をするのはあまりに危険な連中だが、最悪アリバイでも作れば、餌があれば喜び勇んで口裏を合わせてくれるはずだ。


「ギモイナ内政官、入るぞ?」

「お疲れ様です」

「……っ」


 中級内政官の執務室に入った途端、ダゴルの手と足が止まる。


 そこには、ヘーゼンが立っていた。


 そして、ダゴルに気づくなり、軽く会釈をする。一方、ギモイナの方は、突然の訪問にビックリしたのか、アタフタしながら、こちらへと駆け寄ってくる。


「ど、ど、どうされたのですか? 長官直々においでだなんて」

「えっと、いや、その……なんだ、ははっ」


 いざ、本人を目の前にすると、言いづらい。『どの面下げて』という感情が、強く押し寄せてくる。しかし、これも仕事だ。ダゴルは、ギモイナに顔を近づけ耳元で囁く。


「コホン。彼の調教は進んでいるか?」

「は、はっ……ば、ばば万事進行中であります」

「全ての言うことを、聞かせられるか?」

「えっ……と」


 ギモイナはチラッとヘーゼンの表情を伺いながら、頷く。


「は、はい。お任せください」

「そうか! 頼もしいな。それでな、頼みと言うのは――」


 ダゴルは嬉しそうに、用件を伝える。


「わかったか?」

「は、はい」

「じゃ、伝えてきてくれ」

「は、はい」


 ギモイナはヘーゼンの方に向かって、震え声で話しかける。


「あの……その……だ、だ、ダゴル長官が、しょ、しょしょ食料の寄付をお願いしたいと……言ってるんです……だが」

「ばっ、バカ! 普通、それとなく――」

「お断りします」

「……っ」


 秒で、めちゃくちゃ、断ってきた。


 ダゴルは急いで、ギモイナを呼び戻し、再び耳元で囁く。


「どうなっている!? 貴様の言うことは、全て聞くんじゃないのか?」

「そ、それは……」

「ダゴル長官。おっしゃりたいことがあるのなら、ご自身で言ってはどうですか?」

「ぐっ……」


 2人の会話を割り込み、ヘーゼンが笑顔で語りかけてくる。ダゴル自身、まどろっこしいのは承知しているが、自分の言葉で話さないのは一種の保険だ。後で、何か問題が発生した時に、責任を部下に押しつけて逃げる。それが、彼の処世術だった。


 しかし、本人を前にしてしまえば、さすがに、そんなことは言っていられないか。ダゴルは、渋々、ヘーゼンに向かって偽りの笑顔を浮かべる。


「その、ギモイナ内政官が説明不足だったようだ。実は補給部隊が壊滅してしまって、物資を至急最前線のライエルドに送らないといけないんだ。そこで、物資の……その……寄付をお願いしたいのだ」

「……状況はわかりました。しかし、献策が受入れられなかったことは、残念ですね」

「もちろん、私も同じ想いだ。まさしく、の危惧していた事態が起きてしまったからね」

「……」


 そう言って、先ほどまでに発覚した一連の出来事について説明を始める。


「まったく……内政部がせっかく、ルート統合による危険性を指摘したにも関わらず、こんなことになってしまって本当に無念だ」


 ダゴルは、ことさら、『我々』という単語に力を入れた。ヘーゼンは、それを黙って聞いていたが、一言、「着服ですか」と小さな声でつぶやく。


「ああ、ゲスナヒトめ。当然、三族を八つ裂きにしても足りないのだが、あの男が後方支援部のキーマンであることに変わりはない。今はこの際、あらゆる失態に目をつぶって、事態の収集に努めねばなくてはいけない」

「……」


「わかる! 気持ちは、誰よりも、わかるぞぉ!」


 ダゴルはヘーゼンの両腕をギュッと握り、強く語りかける。


「私自身、ビガーヌル領主代行も非難したい気持ちもある。否決したのはあの方だからな……しかし! 今は誰の責任だ、とかくだらない議論に興じている場合ではない!」


 情熱的に、感情的に語りかけ、拳を高々と上げた。ヘーゼンは黙ってそれを見ていたが、やがて小さくため息つき、フッと笑を浮かべる。


「同感です」

「……っ、わかってくれる……のか?」

「はい。もちろんです」

「……っ、ありがたい……ありがたい……本当に……」


 ダゴルはヘーゼンの両手をギュッと握り、心の底からの感謝を伝える。


 本来ならば、激昂してもおかしくはない。クレリックやモルドドのように、ふてくされて拒否することもできるはずだ。


 しかし、この男は、全部、己の中に呑み込んだ。これが、真なる内政官だ。


「君は我が内政部の誇りだよ! 長官である私が断言する!」

「……」

「そこで、だ! どうか、寄付に応じてくれ。今、ドクトリン領には補給物資がまったくないのだ」

「確かに近隣の商人の食料を、私が全て買い占めてますね」

「そうなんだ。もちろん! 君が善意から施しを行ったことは、このダゴル。誰よりもわかっているぞ!」

「……そうですか」

「しかし! し・か・し・だ! 君もドクトリン領の内政官だから、わかるだろう? こう言う場合には、緊急的な対応が必要だと」

「もちろんです」

「そ、そうか! わかってくれるか!」

「しかしなぁ……」

「き、君は命の恩人だ!」


 一瞬、渋る様子を見せたヘーゼンに、ダゴルはすかさず感謝を差し込む。


「もちろん、私のではない。ビガーヌル領主代行でもない。そんな小さな事じゃなく、このドクトリン領、そして最前線のライエルドの生命線を、だ!」

「……」


 若干の沈黙に、ダゴルは焦る。もう少し、誉めておいた方がいいか……


「も、もちろん、君がこのドクトリン領の民のために施しを行ってくれたのはじゅーぶんに、わかっている。君はまさに、内政官の鏡だ。素晴らしい」

「……ふぅ」


 ヘーゼンは観念したようにため息をつく。


「わかりました。そこまで言われるんでしたら、お譲りしましょう」

「ほ、本当か!? なんで素晴らしいおとこだ君は!」

「しかし、さすがに無料とはいきません。食料分を、ドクトリン領が買い上げてくれると言うのはどうでしょう?」

「……っ、すんばらしい! す・ん・ば・ら・しぃいいー!」


 ダゴルは両拳を交差させ、打ち震える。


「個別具体的、かつ建設的な提案だ! もちろん、快諾させてもらう!」

「ありがとうございます」

「……そこで、だ。ヘーゼン君」


 そう言ってダゴルは耳元で囁く。


「これは、ささやかな助言だが、多少色をつけても構わんぞ? 私の権限で、なんとか通してやる」

「ありがとうございます」

「いやいや」


























「では、相場の600倍でお譲りします」

「……はにゃ?」


 



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