献策


「おい、お前……本当か?」

「ひっ」


 ビガーヌルは怯えているゲスナヒトに、一歩一歩、近づいていく。あまりの怒りで、どうにかなりそうだった。こんなクズのせいで、自身のキャリアに傷がつくのが、耐えがたかった。


「おい……どうなんだ? おい? おい? おいいいいいいいっ!?」

「も、も、申し訳ありません!」

「……っ、申し訳ないです済むかあーーーーーっ! どう責任取るんだ貴様ーーーーーーっ!」

「ひぐっ……」


 発狂せんばかりに胸ぐらを掴んで、平手打ちを喰らわせた。そして、恐怖で丸くなったゲスナヒトの背中に、ポカポカポカっと、何度も何度も拳で殴る。


「貴様、わかってるのかぁ! これは、じゅ、重罪だぞ!? あってはならぬことだ!? 貴様だけじゃなく、このドクトリン領の信頼が、貴様のせいで地に落ちるのだぞ!?」

「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません……」

「はぁ……はぁ……」


 普段、慣れない大声を出し、全力で殴ったので、あまり長く続かなかった。ビガーヌルは大きく息をきらし、依然として殺意を持った眼差しで、うずくまるゲスナヒトを睨みつける。


 そんな中、ダゴルの顔色が終始浮かなかった。彼は、恐る恐るガナスッドに向かって尋ねる。


「……なぜ、その事実をガナスッド財務次官が?」

「ふん……不明瞭な資金の流れがあるから調査してくれないかと、進言があったのです」

「だ、誰からだ?」


 ダゴルはゴクリと生唾を飲む。


「ふん……モルドド上級内政官です。まったく、優秀な男だ」

「……っ」

「おい、なんだ? ダゴル、お前……まさか、聞いていたのか?」


 ビガーヌルが神妙な顔で尋ねた。とにかく、生贄を差し出さないといけない。誰かのせいにして、責任を全て押しつけないと、降格すらあり得る事態だ。この際、取るに足らぬ原因でも、責め立て、こじつけ、無理やりにでも擦りつけなければいけない。


「い、いえ。そのような話は覚えがありませんな」

「ふん……それは、おかしいですな。『事実関係の裏どりは時間がかかるから、献策という形でそれを止めるよう進言した資料を提出した』と言ってましたが?」

「……っ」


 ガナスッドの指摘に、ダゴルの肩がビクンと動いた。


「おい……貴様っ、まさか、その献策を否決したのではないだろうな!?」

「……い、いえ。そのような事は」

「お、おい! しっかりと、答えろ、このような大事なリスク管理の提案を、貴様はで否決したのか、と聞いているのだ!?」


 ビガーヌルはことさらに力を込めて、責め立てる。自分まで書類が来ていなかったのなら、総責任は免れる。見つけた。


 コイツだ。全部、こいつに押し付ければいい。


 しかし、ダゴルは明確に首を振った。


「い、いえ。思い出しました。『一考の価値あり』と判断して通したはずです」

「と、通した?」

「は、はい……確かに、モルドド上級内政官の言うとおり、リスクがありましたので」

「……っ」


 その瞬間。


 ビガーヌルの心臓音がドクンと唸った。


「……嘘だ。私は見ていない」

「そ、そんなはずはありません。キチンとあなたの決裁印が押されてました」


 帝国の決裁印は魔法で厳しく管理されている。本人及び、本人不在の場合、代理である者でなければ押しても印字されないよう特殊な加工が施されている。


 そして、ビガーヌルは、少なくともこの一年間、代理を立てていない。ガナスッドは、ますます面白くない顔を浮かべて、口を開く。


「ふん……おかしいですな。モルドド上級内政官は、ルート統合による危険性の説明、そして、ルート統合を悪用される危険性にまで踏み込んだ献策を提出すると述べてましたよ?」

「し、しかし、モルドド上級内政官の作成した資料ならば、私は全部目を通している。それは、断言できる!」


 忌々しいあの男の代わりに名義貸しをしている懸念があった。そこの痕跡を見つけるために、穴が開くほど資料を――


「……っ、まさか」


 ビガーヌルの言葉に対し、ダゴルは神妙な面持ちで頷く。




















「……その資料の作成者は、ヘーゼン=ハイムです」

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