困惑
なにが起きているのか、まったく理解できなかった。このドクトリン領からの補給など、当たり前にできなくてはいけない。
それなのに、できていない?
「ぶ、部分的に滞っているということか?」
「いえ……それが、まったく入ってきてないとのことです」
「……っ」
いや、そんな事はあり得ない。確かに、今まで野盗に襲われて補給部隊を壊滅させられることもあった。しかし、ルートを細分化しているので、1つの部隊が滞ったとしても、問題はないはずだ。
「……おい! どういうことだ!? なぜ、そんな事になってしまっている?」
ビガーヌルは、ダゴルを睨みつける。
「わ、私どもは内政畑ですから。補給の事は、後方支援部がーー」
「……っ、そんな事言ってる場合か!?」
ビガーヌルは苛立ち、叫ぶ。
「ひっ、すぐに調査させます」
「ふん……その必要はありません。その書状は事実ですな」
その時、財務次官のガスナットが、部屋に入ってきた。その後ろには、オドオドした、申し訳なさげな表情をした男がいた。
「どう言うことだ? 事実とは」
「補給部隊が全て、連絡が取れない状態になってます。ほら、あとは貴様が話せ、ゲスナヒト次官」
「ひっ……も、申し訳ありませんっ!」
後方支援部次官のゲスナヒトは、地に額をついて土下座する。
「……っ」
その様子を眺めながら、ビガーヌルは、数足後ずさる。目にしている光景が信じられなかった。仮に、そんな事態が発生していたら、あの
「ふ、ふざけるなっ! 12ルートあったのだぞ!? それを、すべて潰されたと言うのか? あり得ないだろう?」
最前線ライエルド領にはベナハ砂漠があり、その過酷な環境から迂回して物資を輸送せざるを得ない。しかし、そこには当然野盗などに襲われる危険性がある。
リスク回避のため、以前からルートの細分化をして輸送が行われているはずなのだ。
「ふん……ルートが統合されてたのですよ。厄介にも、この阿呆のせいで」
「ひぐっ」
「ば、バカなっ……そんな献策を通した覚えはないぞ!? それこそ、領主権限でもなければ、できない芸当だろう?」
実施するためには、領内規約を変更する必要がある。次官の権限は大きいが、ビガーヌルを通さなないことは不可能だ。
「ふん……巧妙に隠されていたのですよ。この資料には、ルート変更による輸送費用の低減策だと銘打って。しかし、実質的にはルート統合。実に、よくできたからくりですな」
ビガーヌルは、ガナスッドが持っていた資料を剥ぎ取り、穴が開くほどに見つめた。確かに、題目は『ルート変更』。しかし、内容の詳細は約半分のルートが廃止になっている。
しかし、これを読んでもルート変更か統合かは判断できない。
「ふん……実によく偽装されている。長年、ここに従事していた私でさえ、すぐにはわからなかった」
「……っ、貴様っ」
「ひっ……びっ、ビガーヌル領主代行は気づいておられると思ってました!」
「な、なんだとっ!?」
「名案だと思ったんです! だって、だって、だって、12個のルートなど明らかな無駄ではないですか。年々、予算が削られる中、だから、あえてルート変更としたんです。ルート統合だと、帝国議会にかけなければいけなから。だって、ビガーヌル領主代行だって、5年以上ここにいるんですから、地理や配置などを見て、当然意図は理解してると思ってました」
「……っ、ふ、ふ、ふざけるなぁーーーーーー!」
ビガーヌルはゲスナヒトを張り手打ちで殴る。そんな様子を眺めていたガナスッドが、面白くなさそうな表情を浮かべる。
「ふん……確かに、これは、その土地に精通した後方支援部ならではの奇抜なアイデアです。財政的にも、かなりの効果を見込めるのでビガーヌル領主代行がそう判断したとしても不思議ではない。実際、どちらなのです?」
「……っ、もちろん、そう判断した。わ、忘れていただけだ」
慌てて取り繕い、答える。献策を通してしまった以上、知らぬ存ぜずでは済まない。むしろ、『把握していなかった』などと言えば監督責任を問われかねない。それよりも、この献策自体には問題がなく、運用の不味さにあったと主張した方がダメージが少ない。
リスク管理だ……リスク管理……ビガーヌルは爪を噛みながら、心の中で連呼する。
「……まだ6ルートある。それをすべて殲滅するなど、野盗如きにはできようはずみない。致命的な運用の悪さでもない限り、大きくは問題ないはずだ。なにか、あったはずだ……なにか……」
「ふん……まさしく。それこそが、私の突き止めた事実です。この愚か者は、こともあろうに、更にルートを統合させてました」
「……はっ?」
「その余剰費用で私腹をこやしていたんですよ、この豚は」
「……っ」
ビガーヌルは思わず絶句した。
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