報告


          *


 それから更に、1週間が過ぎた。その間に毎日、領主代行のビガーヌルは、内政長官のダゴルを呼びだしていた。大した用事があるわけではないが、小さな事でも細かく報告させる。そして――


「ところで、ヘーゼン=ハイムはどうだ?」


 仕事の報告がひと息ついた時、いつも通り、この言葉で結ぶ。あの忌々しい男の凋落を眺めることこそが、彼にとってはこれ以上ない娯楽だった。


「どうだもこうだも……ぷー、報告によれば、だいぶ参っているようですよ?」


 ダゴルは身振り手振りで、状況を説明する。


 まず、中級内政官のバライロが、ことあるごとに殴る、蹴るなどの教育指導を行っていること。そして、上級補佐官のギモイナが、資料の隅々までチェックし、細かく、ネチネチとした、実に半日以上を越える教育指導を行っている。


 終いには、元部下たちにも舐められて、ハブられているなど、精神的にも肉体的にも追い詰めていることなどが報告された。


 それを聞いていたビガーヌルは嬉しさを隠しきれずに、思わず背中を向ける。


「ククク……そうか。まあ、彼は期待の新人だから、我々が直々に鍛えてやらないと」

「ええ。まあ、私たちの頃からしたら、これぐらいで参ってしまうのか、と少々期待外れではありますが」

「……確かにな」


 そう言われて、ビガーヌルは納得する。思えば、自分たちが若かった時は、もっと酷かった。徹夜など何日したかわからない。身体も精神も壊れる者が多かった。しかし、それでも上官の言うことは絶対。上官の上官など、恐れ多くて影も踏めなかった。


 そんな時代を、自分たちは生きてきたのだ。


「私たちの頃は、本当に地獄だったからなぁ……まあ、だからこそ、今の私たちがあるんですからね」

「ふむ……それを考えると、もっと、もーっと、もーーっと、鍛えてやるようにと言っておいた方がいいですかな?」

「クク……クククハハハ、そうだな」


 甘かった。心底そう思った。こんな苦しみなど、自分たちが味わった十分の一にも満たない。そして、そんな苦行に耐えきった自分の事を、あの男は小馬鹿にしてきたのだ。絶対に許せない。許せるわけがない。


 苦しめ。もっと、もっと、もっと、もっと。毎日毎分毎秒、ここにいる間は地獄にいるよりも苦しい目に味合わせてやる。ビガーヌルは笑いながらそう思った。


 そんな中、秘書官が急ぎ足で入ってくる。


「はぁ……はぁ……ビガーヌル領主代行! 大変です……」

「どうしたんだ? 騒がしい」

「ライエルド領からマラサイ少将が来られるとの書状が届きました」

「な、なんだと!?」


 ビガーヌルはギョッとした表情を浮かべる。


 戦地最前線のライエルド領。ドクトリン領は、そこへの補給を行っており、当然だが相対的な力関係、重要性は圧倒的にライエルド領が上だ。


 その上、マラサイ少将は実質的に、そこの司令官である。地位も2階級上で、『獰虎どうこ』と謳われるほど荒々しい猛将である。そんな彼が直々にここまで来るという事は、なにか理由があるはずだ。


 しかし、思い当たることはない。そもそも、このドクトリン領は、補給のみを滞らせなければいいだけの土地だ。


 それをいかに安く、効率的に行うか、もしくは民からどれだけ多くの税を搾り取るかが問題で、それに関しても問題なくやれていると言う自負はある。


「な、なにが起こっている?」

「そ、それが……『この1ヶ月間。補給がまったく届いていないが、どうなっている?』と」


 その答えに。


 ビガーヌルは唖然とした。

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