隠滅


           *


 シーンという音が聞こえた。あまりにもな静寂。ギモイナは、数秒、言っている意味がわからなかった。そして、ヘーゼンが机に置いた書類を眺める。


「?」


 そこに書かれていたのは、自身の身に覚えのある場所、人物、金額だった。


 ギモイナ……自分。


 着服?


 ちょっと、意味がわからない。


 えっと……これは……


 !?


「はぁんわぁふぅ!?」


 理解不能な言葉を発した次の瞬間。ギモイナは眼球に入りそうなほど、書類に顔を近づけて這うように首を移動させる。


「こ、こ、これはなに!? なんなのです!?」

「聞こえなかったですか? ギモイナ補佐官、あなたの着服記録です」

「ちゃ……こんなものは私は知らない! ねつ造だ!」

「別に言い訳しなくても構いませんよ? 法廷でそう主張すればいい」

「……っ」


 ヘーゼンは、ニッコリと笑顔を浮かべる。


「まあ、これだけの証拠があれば、ほぼ確実に有罪なので、素直に罪を認めて減免を狙うのをお勧めしますけど」

「……ちょ……まっ……なん……ぇえええ!?」


 ギモイナは背中から額から、汗が噴き出る。先ほどから書類を見ているが、時間、場所、人、事細かく正確に記載されている。


 要するにすべて事実である。


「こんなもの……こんなもの……ねつ造だ!」

「ご心配には及びません。証言の裏取りもできてます。内政官ですから」

「……っ、嘘つけ!」

「そう思っておけばいいんじゃないですか? まあ、あなたとは少し話しただけですけど、恨んでいる人は多そうですよね」

「……っ」


 帝国における着服は罪が重い。特に将官は莫大な金を取り扱う事から、バレれば即罷免。加えて、即刻刑務所に入れられて、貴族などは土地、資産、爵位などが没収される。


「だ、誰だ! 言ってみろ!? その私を陥れようとする輩は! 断じて私は潔白だ」

「そう主張するんですね、わかりました」

「言えないんだろう? 最初からいないから。そ、そうに決まってる」

「言うわけないでしょ? だって、言ったら揉み消すじゃないですか」

「……っ、私はそんな卑怯なことはしない!」

「じゃ、いいじゃないですか。言っても言わなくても結果が変わらないのなら、法廷で決着をつければ」

「……っ」

「まあ、これを見てもらえばわかると思いますが、かなり身近なところに、裏切り者はいるんじゃないですか?」

「……っ」


 確かに。これだけ、事細かく書かれた資料は、秘書官などの側近、もしくは直接着服に関わった者だけだ。しかし、相手方の当事者が自白するメリットなどないので――疑わしきは秘書官だろう。


「……っ、モルドド上級内政官。ちょっと急用ができたので失礼します」


 ギモイナはすぐに身を翻し、自身の部屋に戻ろうとする。すぐにゲロった秘書官を突き止めて、口止めしないと。


「では、モルドド上級内政官。これが、告発状なんですが――」


 !?


「うよよよおおおおおぃい!? なに話を勝手に進めてんだよ、貴様ぁああん!?」


 クルっと、またしても身を翻して。ギモイナはヘーゼンに向かって詰め寄る。


「ギモイナ内政官は、急用ができたのでは? 申し訳ありませんが、こちらも急を要しますので、お話を続けさせてもらえればと思います」

「だ、だ、駄目に決まってるだろうがぁん!? まず、貴様の資料が完全無欠で正しいものだと証明しなければモルドド上級内政官にあげることなど私が許さん!」

「ギモイナ内政官。その理屈はさすがに無茶苦茶だ。無理があるよ」

「……っ」


 モルドドが堪らずに口を挟む。


「こ、こ、これは私の将官としての信念の問題です! 下級内政官がいきなり上級内政官に進言など、あってはならないことです!」


 無理くりな理屈をつけてギモイナが叫ぶ。こうなれば、力業でねじ伏せるしかない。


「こんな資料……一考に伏す価値なーし!」


 そう言って。


 その書類をビリビリに破って強引に口に入れた。証拠がなくなれば、こちらのものだ。モルドド上級内政官の心証は最悪。限りなくブラックに近いグレーだが、こちらには領主代行がついている。


 一ミリでも立証できない点があれば、更に上の力を使って揉み消してみせる。


「う……うぉえええええええっ」


 余りの量に、何度も嗚咽するが、余さず強引に食べきった。腹の奥に紙の不快感が伝わるが、もう腹でもかち割られない限りーー


「美味しいですか? 複製の記録は?」

「……っ」

「筆跡でバレると嫌なので私が書いておいたんですよ。原本は保管してありますから別にいいのですが、紙は消化に悪いので、食べない方がいいですよ?」

「……っ、どこだ! どこにあるぅ!?」


 ギモイナは胸ぐらを掴んで発狂したように叫ぶ。


 その時。


 バライロが突然、ギモイナの首を掴んで壁に叩きつける。


「くはぁん!」

「ヘーゼン内政官。大丈夫ですか?」

「ええ。ありがとうございます、助かりました」

「は、は、はい! 光栄です!」


 至福の表情を浮かべる大男を見ながら、ギモイナが息を絶え絶え絞り出す。


「バ、バラ゛イ゛ロ゛……どーい゛う゛づも゛り゛だ!?」

「き、き、貴様ぁ! 貴様こそどなたに向かって無礼を働いているのかわかってるのか!?」

「ぐ、ぐあああああああっ!?」


 バライロは壁に向かって、何度も何度もギモイナの頭を叩きつけた。

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