記録


 ヘーゼンは城に戻り、上官であるモルドドの部屋に入った。そこには彼以外に、二重のまぶたが印象的な中年が立っていた。


 中性的な顔立ちだが、うっすらと顎周りに髭が生えている。剃ってはいるが、髭が濃くすぐに生えてしまうのだろう。


「ああ、ヘーゼン内政官。ちょうどよかった。こちら、ギモイナ上級内政補佐官だ」

「ギモイナです。よろしくお願いします」


 二重まぶたの中年はネットリとした声で、丁寧にお辞儀をする。


「ヘーゼンです。よろしくお願いします」

「今回は残念でしたね。歴代最短で昇進したのにもかかわらず、降格とは」

「はい」

「しかし、優秀な内政官のようですから、頑張ればまた機会はありますよ」

「ありがとうございます」

「……」


 淡々とした回答に対して、ギモイナはジットリとした瞳で、なでるようにヘーゼンを見つめてくる。


「そろそろいいかな? この後、ヘーゼン内政官と約束をしていたんだが」

「……モルドド内政官。あの、お気を悪くしないで欲しいのですが、下級内政官とお話するのは控えた方がよいのではと思います。周囲に示しがつきません」

「まあ、そう固いことを言わないで欲しいな。先ほども言ったが、ヘーゼン内政官は優秀だ」

「だからと言って、階級を飛び越えて話をするのはどうかと思いますけど。情報が右往左往して、指揮が乱れます。バライロ内政官もいい気はしないでしょうし」

「うーむ。堅苦しいな」

「それが、組織というものです」


 ギモイナの言葉に、モルドドは面倒臭そうに頭をかく。


「ヘーゼン内政官。君も君だ。少しは配慮してください。君は中級内政官から降格した、ただの下級内政官なのだから」

「別に、下級内政官が上級内政官とお話ししては駄目だという規則はないと思いますが」

「なんのために組織というものが存在するかを考えるべきだ。階級を飛び越えて話をする必要はなく、その話をバライロ中級内政官に話し、彼が私に話してくればいい。私がそれをモルドド上級内政官に伝えるかどうかを判断する」

「……」


 要するに、すべて自分を通せという事なのだろう。


「それとも、私やバライロ中級内政官に話せないような後ろ暗い密談などしているのですか?」

「いえ。そういうご指示でしたら従います」

「わかってくれて、ありがたいです」


 二重まぶたの男は、ニコーッと笑みを浮かべた。


「では、今からバライロ内政官を呼んできた方がいいですか? ギモイナ内政官もいらっしゃるので、全員に聞いていただければ時間が省けます」

「君は自分の都合を押しつける傾向にありますね。よくないですよ。彼も忙しい身だ。君とは違って、中級内政官ですから。君も中級内政官だったのだからわかるでしょう?」

「階級は仕事内容の違いだけでしたので、私はそこまで感じませんでしたが」

「クク……だから、降格するんですよ」


 嘲るような笑みを浮かべ、ギモイナは見下したような視線を送ってくる。


「なるほど」

「書類の1枚1枚に、ロクな目を通していなかったんでしょう? 誰でもいい加減な仕事をすれば、それなりには楽できます。軍ではそれで通ったかもしれないが、内政官は違うんです。細やかに書類を確認することが必要不可欠なんです」

「肝に銘じます」

「なんだ……その程度の実力ですか」


 そう皮肉り、ギモイナは甘ったるい息を吐く。


「まあ、私も堅苦しいタイプではない。バライロ内政官に時間があればいいが、なければあきらめたまえ」

「……わかりました」


 十分に堅苦しいと思いながらも、ヘーゼンは身を翻して、部屋を出た。


 3分後。ヘーゼンはバライロとともに、やってきた。普段とは違い、直立不動で緊張した様子のバライロを見て、再びヘーゼンに視線を這わせる。


「例えば、『私、もしくは、モルドド上級内政官が呼んでいるから、すぐ来い』などと言ったのではないですか? 他人の権威をアテにするなど最低ですよ?」

「ヘーゼン内政官は、断じてそんなことはしてません。私はヘーゼン内政官に呼ばれたから来ました。それだけです!」


 バライロが、ハッキリとギモイナの問いを否定する。


「……それならば、いいですが。すいませんね、バライロ内政官。お忙しい中、突然の呼び出しで」

「いえ! まったく問題ありません!」

「……」


 その反応が不満だったのか、ギモイナはチッと舌打ちをする。


「あの、そろそろ本題に行ってもいいですか?」

「くだらない案件でしたら、承知しませんよ。まあ、あなたのことですから期待は薄いと思いますが」

「……こちらになります」


 ヘーゼンは、淡々と机に資料を並べる。



























「これがギモイナ上級内政補佐官の着服記録です」

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