食料
*
その頃。ヤンはと言うと、相変わらず、民たちに施しをしていた。未だ神の子扱いには慣れないが、役割と思って笑顔でこなす。
ほぼ1ヶ月注力し、飢餓問題は解決できたが、根本的にはなにも解決してないことに不満がつきまとう。
ため息をつきながら、トボトボと歩いていると、フードを被った黒髪の青年が隣に並んできた。
ヘーゼン=ハイムである。
「
「一時的に監視をまいた。どうだ、進捗は?」
「……食料がかなり少なくなってきました」
オアシスで貯めた水のお陰で、その分を食費に回すことができたが、それでもあと10日。もつかもたないかというところだろう。
「悪いが、こちらもない袖は振れない」
「モズコール秘書官の経費、削れませんか?」
聞けば、この2週間で湯水のごとく豪遊しているとのことだ。
「駄目だ。彼は呼び水だ。金を使わないと寄ってこない者がいる」
「でも、成果が出てないじゃないですか」
「……彼に関しては、長期的に考えているが、まあ、短期的な情報も得られるよう、ハッパはかけておく」
「どんな風にですか?」
「『赤ちゃんプレーに勤しんでいると言う事実を、母親だけに伝えるぞ』と脅す。実家に帰省するたびに気まずい想いをしたくなければ、肝臓が壊れるまで飲んで、成果をあげろと」
「……っ、性格最悪」
当然、すべての関係者にバラせば関係は破綻する。しかし、母親であれば他者には絶対に漏らさないだろうし、モズコールとすれば溜まったものではないだろう。
絶妙、かつ性悪な脅迫ラインだ。
「でも、成果が得られなければ、脅迫の選択肢が1つ減りますよ?」
「少しの功績で成果とすればいい。まあ、母親と言うものは強いから、案外平気だったりする。だから、あくまで脅すだけに留める」
「さ、策士……」
「ところで、例の件は?」
「進めてますけど、監視が入ってるので表立っては動けてません」
「ギザールを使え」
「か、可哀想。どれだけ、酷使するんですか?」
ディオルド公国の元将軍は、とにかくよく働かされる。ヤンと違って出来ることの幅が広く、護衛・諜報・討伐など多岐に渡る。
そろそろ過労死するのではないかと本気で思っている。
「今は人材がいないからな。揃ってきたら、まとめて休みを取らせるさ。それより、遅いな」
ヘーゼンは太陽の角度を見ながらつぶやく。
そんな中、待ち人が大量の馬車でやって来た。商人のナンダルである。
「申し訳ない。思ったより、荷が多かったため遅れました」
「荷が多い? 先日、こちらの注文は納品し終わったと聞いたが」
「へへ……見ますか?」
ナンダルは、小間使いに指示して馬車の荷を開けさせる。すると、そこには大量の干し肉が載せられていた。思わず、ヤンも唖然とする。
「青の女王、バーシア様からです。『南の戦友への贈りもの』だそうです」
「……ありがたい」
「お礼に今度、南の地酒を振る舞って欲しいとのことです」
「贈らせる」
「ともに飲みたいんでしょう」
「そ、それはな」
ヘーゼンが思わず苦笑いを浮かべる。
「そして、まだありますよ。これは、私が直接預かってきました」
ナンダルはそう言って、大きな袋を開けさせた。そこには、大量の小銀貨が敷き詰められていた。
「小銀貨5000枚分。『ヘーゼン元中尉が、金を工面したがってる』と話したら、これだけ集まりました。どうやら、あなたに恩を着せたいヤツは、いっぱいいるようで」
「……ヤン。これで、いつまでもつ?」
指示する前に、黒髪の少女は試算を開始していた。そして、数秒後に満面の笑みを浮かべる。
「すごいです。これだけあれば、2ヶ月は持ちます」
それを聞いて。ヘーゼンはナンダルに向かってお辞儀をする。
「ナンダル、これ以上ない贈り物をありがとう」
「お気に召して頂けましたか?」
「ああ。やはり、君は優秀な商人だ。すぐに、食料1ヶ月分を調達したい」
「あいにくですが、私どものところにはすでに売れる物資がない。近隣の商人を数人紹介します」
「すまないな。せっかく、持ってきてくれた話を」
「気にしないでください。彼らに恩を売れるのは、こちらにとってもメリットが高い」
「……」
ナンダルはそう言うが、実際には商機を手放しているに等しい。それ相応の対価を支払おうと、ヤンもヘーゼンも強く思った。
「しかし、これで食料に余剰ができた。これで、いけるな」
「ナンダルさんの調達は偶然ですよね? 算段があったんじゃ?」
「8割はな。しかし、計画など、いくつも軌道修正するものだ。綿密なものは、脆弱だし遅くなる。重要なのはスピード感だ。覚えておきなさい」
「……はい」
ヤンが頷くのを見て、ヘーゼンは身を翻してその場を去った。
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