説得


 何度も何度も。何度も何度も何度も何度も、バライロは。ギモイナを壁に叩きつける。やがて、額が割れて、壁が流血の赤で染まった時、ヘーゼンが指示をする。


「それぐらいで」


 すると、バライロは殴りかかったまま、ピタッと制止する。それからは、まるで、人形のように微動だにしない。


「……驚いたな。魔法で操っているのか?」


 モルドドが尋ねる。


「いえ。全部、バライロ内政官が自発的にやってることですよ。ねえ?」

「はい。私は、自発的に、ヘーゼン内政官に楯突いた、この愚か者を、殴っています」

「……はぁ」


 なにかを色々と察したようで。モルドドのは大きくため息をついた。


「ぎ、ぎざま゛っ……ゆ゛、ゆ゛る゛ざん゛」


 血塗れになりながら、ギモイナがフラフラとこちらに来る。


「許さない? そうですか」

「絶対、絶対、絶対にぃ! 許さないぞええええええええっ!?」


 ギモイナは甲高い奇声を発する。


「わかりました。徹底的にやると言うことですね」

「ひっ」


 ヘーゼンは鋭い瞳でギモイナを射貫く。


「着服した相手の裏で誰が糸を引いているか……私は当然知ってますよ?」

「……っ」


 秒で。ギモイナの表情は真っ青になる。


「私が告発すれば、あなたにではなく、その方はどうしますかね?」

「やめろ……」

「やめませんよ。だって、絶対に許されないんだったら、最後までやった方がいい」

「やめろ……やめろ……やめろ……」


 脂汗を全身でかきながら。ギモイナは全身を震わせながらつぶやく。


「わかりますよ。表沙汰になれば、彼は自身と繋がる者を始末していくでしょうからね? それほど、影響力のある人物だ」

「……っ、今なら許してやる。今回の暴挙も大目に見てやってもいい。貴様だって、その方に刃を向けると後悔することになる」

「許してくれるんですか?」

「考えてやる」

「曖昧な言い方は好きじゃないんですよ。どうせ、前言撤回するのでしょう?」

「……わかった。許してやる」


 ギモイナは悔しそうな表情を浮かべてつぶやく。


「そうですか」

「だから、な? 悪いことは言わない。早く資料を持ってこい」

「まあ、あなたが許しても、私は許さないですけどね」


 !?


「ど、どういう事だ?」

「そのままですよ。あなたが私の事を許そうが、どうしようが、私の行動には一切影響しないと言うことです」

「じゃ、じゃあなんでさっき」

「ふざけただけです」

「……っ」


 ニッコリと。


 ヘーゼンは満面の笑みを浮かべる。そんな中、モルドドが重々しげに口を開く。


「私は、彼と取引できると思うのだがね」

「さ、さすがはモルドド上級内政官。大局的な見地をお持ちだ。ヘーゼン内政官も、なにやら誤解、行き違いがあったと思うんだ。まずは、身内だけで話して――」

「しかし、ギモイナ補佐官は、非常に開かれた議論を望む性質のようですから、廊下の掲示板にでも張っておくことにします」


 !?


「い、いやいやいや! ここだけ! ここだけの話ぃ!」


 ヘーゼンの裾に。べたぁっと、ギモイナがすがりつく。


「さっきまでは、そうしようと思ってました。でも、ギモイナ補佐官が望まれましたから。内政官たるもの、言葉には責任を持たないと」

「……っ」


 ニコニコと。


 なおも、ヘーゼンは悪魔的な微笑みを浮かべている。


「……んふぅ」


 顔色真っ白のギモイナは、すぐさま振り返って、今度はモルドドの足に縋り付く。


「モルドド上級内政官んん! どうかぁ、どうか慈悲をぉ! なんだって、なんだってしますぅ!」

「……っ」


 レロレロレロ、レロレロレロレロレロ。


 ギモイナは、モルドドの靴をなめ回し始める。


「……ヘーゼン内政官。ここは、色々と話した方がよさそうだが? 先ほど裏で糸を引いていた人物のことも気になるし」

「……」


 モルドドはそう言いながら、ギモイナの舌から靴を逃がす。


「わかりました」

「ほ、本当ですか?」


 ギモイナは昇天したような至福の表情を浮かべる。


「あっ、でも」


 ヘーゼンは思い出したようにつぶやき、固まったままの大男に向かって尋ねる。


「バライロ内政官。許さないですよね?」

「はい。許しません」

「だ、そうです。だから、許さないです申し訳ありません」


 !?


 !?


「な、な、なんで!? なんで、そうなるの!? モルドド上級内政官がこう言っているんだよ!? なのに、なんでぇ!」

「ギモイナ補佐官がおっしゃったんじゃないですか。下級内政官は、まず中級内政官に指示を仰ぐ。で、バライロ内政官がそう判断したんですから、私は素直に従うだけです」

「……っ、バライロぉ! お前、どうしたんだ!? 正気に戻れぇ! おい、おいいいっ、おいいいいいいいいいっ!?」

「……」


 その魂の叫びに対し、まるで人形のように停止したバライロには届かなかった。


「おい! おいう! おいいえええ! なんとか言え! なんとか、なんとか、なんとかああああああああっ!?」

「……」


 胸ぐらを掴みながら、バライロに迫るが、微動だにしない。


 そんなやり取りを眺めながら、ヘーゼンは大きくため息をつく。


「はぁ……騒がしいですね。バライロ内政官。ちょっと、静かにさせてもらえますか?」

「は、は、はい! 貴様――――――! なにヘーゼン内政官の許可なく口を開いている―――――――!」

「ひぎゃああああああああああああああああああっ!」


 バライロは、即刻胸ぐらをつかみ返し、マウントをとり、何度も何度も拳を頬に見舞う。


 数分後。


 ピクッ、ピクッ、と身体的終了の反応が出始めた時、ヘーゼンはモルドドに向かって笑顔を浮かべた。


「やっと静かになりましたので、これからの話をしますか?」

「……っ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る