歓迎会


 その日の19時。歓迎会はつつがなく、開催された。予算は、各々小銅貨2枚。ヘーゼンのあくまで強制ではない提案によって、こじんまりとしたお店で開かれることになった。


 ただし、個室である。


 ひと通り、すべての料理が揃い。幹事のビダーンが震えた手で杯を高くあげる。


「それでは、か、乾杯」

「……あ゛ー! あ゛あ゛っ」

「乾杯……ふむ。美味しいね、ビダーン。いい店だ」

「あ、ありがとうございます!」

「敬語はいらないよ。もう、部下じゃないし。それより、主役のバライロ内政官に料理を食べさせてあげてくれ。なんか、お腹を空かせて唸ってるようだから」

「……っ」

「あ゛あ゛あ゛っ、う゛お゛あ゛ーー、ゔおあ゛あ゛あ゛っ!」


 ヘーゼンは、隣で寝転んだまま、口が空いたままになっている大男を眺める。度重なる尋問の後、魔法で動かなくさせた。外傷もすべて消したので、店員には、酔っ払って性質たちが悪くなってると説明した。


「ほら、早く。せっかくの料理が冷めてしまう」

「は、はい」


 ビダーンは震える手で、熱々の魚料理の身を、スプーンで取り出して、フーフーして、そっと食べさせる。


 もちろん、口が空いたままなのでバライロは苦しがりながら、ゴキュンと飲みこむ。


 しかし、その様子を眺めていたヘーゼンは、小さくため息をつく。


「はぁ。そんなよそい方じゃ、バライロ内政官は満足しないだろ? ほら、美味しくなさそうじゃないか」

 

 そう言って。


 熱々の料理の魚を丸ごと掴んで、思いきりバライロの口の中に、インした。


 飲み込ませたと言うより。


 魚の頭ごと、喉を貫通した。


「う゛ごぉ゛お゛お゛お゛っ」

「ほら、美味しそうだ。さすが、バライロ内政官は豪快ですよね?」

「あ゛ぐぉ゛……」


 喉越しの新感触を存分に味わいながら、バライロは涙目でもがく。


「さて。腹もそこそこ膨れましたかね。では、歓談タイムといきますか」


 そう言って。ヘーゼンは幾百回使用したであろう治癒魔法を施し、ついでに口の動きも解除した。しかし、バライロの喉には貫かれた焼けるような痛さが残る。


「ゲホッ、ゲホッ……ごえ゛え゛え゛っ゛」

「汚いなぁ。せっかくの料理がもったいない。後で、全部食べてくださいね」


 ヘーゼンはバライロが吐いた血だらけの魚を、別の皿によける(後でいただいた)。


「あ゛ぐぁ……喉がぁ……喉がぁ……」

「痛みだけを残す治癒魔法。便利でしょう? 普通のよりも魔力を使うんですが、バライロ内政官にだけ、特別ですよ?」


 と全然嬉しくない優遇をされたバライロは、発狂しそうな痛みを必死に堪える。


「げほっげほっ……な゛ん゛でぇ゛……な゛ん゛でぇ゛!?」

「歓迎会まで耐えれば、終わると思いました?」

「はぐぅ……ひぐっ……だって……だって、そう言ったじゃないですがぁ゛……」

「ああ、アレね。嘘なんです」


 !?


「そ、そんな……」

「人はね……期限つきだと耐えられる生き物なんですよ。だから、敢えてゴールをチラつかせてみたんです」

「な、なんのために?」

「簡単ですよ。あなたに言うことを聞いてもらいたいからです」

「聞ぎます……聞ぎますって。何度も聞ぐって言ってるじゃないですかぁん!」


 涙ながらの懇願に対し。


 ヘーゼンは笑顔で首を振る。


「一時でなく、死ぬまで、永遠に言うということ聞いてもらいたいんです。それをわかっていただくのには、まだ足りない。まだ、骨の髄まで味わってないから」

「ひゃぐぅ……もう……もう無理です……」


 泣きながら懇願するバライロを完全に無視して、ヘーゼンは杯にワインを注ぐ。


「ダマニエル=ゴギという青年を覚えてますか?」

「ひっ……」

「彼は、厳しい試験に突破した平民出身の新人で、希望に満ちて、このドクトリン領に配属されました」

「……」

「その日も同じように歓迎会を開いて。上官の傘を存分に振りかざしたあなたは、無理矢理、大量の酒を飲ませ続けた……死ぬまでね」

「……っ、それは」

「学業優秀でやる気に溢れてたそうですよ。同期の証言では、『自分が平民の希望になるのだ』とキラキラした瞳で言ってたそうです」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい反省してます反省してます反省してます」

「……覚えてるんですか?」

「も、もちろんです! その時は、本当にどうかしていて……」

「いつ頃でしたか?」

「そ、それは……」

「覚えてれば、まあ、一応、反省してると見なして許してあげますよ」

「……」

「あと、一応、提出資料にも書いてましたからね。キチンと読んで頂けてたらわかりますよ。上官だったらわかる、ごくごくイージーな問題だ」

「……っ」


 読むと言うより。


 喰わされたんだが。


 と言うあまりにも理不尽を越えて暴虐無人な振る舞いにも、一切の反論ができない。


 そんなことをしたら、どんな目に遭わされるか。


 バライロはかつてないほど脳内をかき回す。すべての記憶を集約して、やっと、ある一件を思い出す。


「ご、5年前の冬」

「残念。それは、ジダック=ミュウズの方ですね。彼は、昏睡状態で一命を取り留めてます。その翌日に辞職したので混同しちゃったのかな?」

「ひぐっ……」

「しかし、呆れましたね。自分の殺した部下すらも把握してないとは。バライロ内政官が来てくれて、本当によかったです。これで、しなくて済む。よーく、味わってください」

「……っ」


 遠慮という意味不明言葉が、バライロの脳内に拡がる間もなく、ワイン瓶の口が、彼の口と合致する。


 もちろん鼻を塞いで。


 


























「お会計でーす!」

「おっと……もう時間になりましたか。バライロ内政官も飲み足らないみたいなので、2次会行きましょうか?」

「……っ」

 

 

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