コツ


 かつてないほどの痛み中で。バライロは思っていた。これは、きっと夢だ。最近、頑張り過ぎたから、疲れで悪夢をみてしまっているんだ、と。


「夢じゃないですよ」

「ぎゃああああああああっ!」


 。ヘーゼンは、バライロの思考を言語化しながらナイフで下腹部をグリグリと抉る。


「刺したままだと出血が少ないんですよね。300本くらいは用意しましたが、いつまで耐えられるか見ものですね」

「ひぐっ……ひ、ひど過ぎる! 私がいったいなにをしたと言うんだ!? 確かに行きすぎた指導はあったのかもしれん! しかし、それは愛の鞭で……」


 そう言いかけると。


 ヘーゼンは机にあった書類を取り出して眺める。


「バライロ=ヘンジル。度重なるパワハラによって、潰した部下は64人。その内、3人は自殺に追いやってる。よくも、ここまでやれたものだとある意味で感心してしまいますよ」

「ど、どこからそんな……」

「嫌だな、内政官たるものの基本じゃないですか。当然、餌となりそうな者は把握してますよ」

「……っ」


 ニッコリ。


 黒髪の青年は、爽やかな笑顔を浮かべる。


「わ、私が悪いんじゃない! ヤツらが軟弱で……」

「それはあなたの感想ですよね? 一応、下調べは終えてるんで、私に言い訳を述べなくて結構ですよ。なにが、変わるわけでもない」


 そう言いながら。


 大量の資料をクルクルとまとめ、バライロの口に思いきり突っ込んだ。


「ぐぼおぉっ……ぐ……ぐぉぇえっ」

「内政官ですから、ファクトチェックは欠かさないんですよ。一応、資料にまとめたんで提出します……よく、味わってくださいね」

「えええっ、おえうあえあええっ」


 ニコニコ。


 嗚咽しながら呼吸ができないでもがき苦しむ様子を、ヘーゼンはキラキラスマイルで眺める。


「……っと」


 呼吸困難で、心肺停止になる直前。バライロの口に突っ込んでた資料を口から抜く。そして、振り返って、ドン引きの元部下たちを見る。


「あくまで同僚としての知識共有だが、なかなか機会がないと思うので、君たちも覚えておいてくれ。尋問のコツ、その1。呼吸ができないと死ぬので、慣れてない場合は息を止めない。まあ、初級編からいこうか」

「はぐぅ……うおおおおおええぇっ!」


 ヘーゼンは、拳を握ってバライロのみぞおちに深く突き刺す。


「まず、殴打する場合。僕は特殊な訓練を積んでるから拳に傷はつかないが、痛める危険があるので頬、もしくは腹などを推奨する。特にみぞおちは効くのでオススメだ」

「ひぐっ……な、なんでこんな……」

「愛の鞭ですよ」

「……っ」


 ヘーゼンは、やはりニコニコ笑いながら、頬に向かって殴る。


「がはっ……」

「愛情があれば殴ってもいいんですよね?」

「ひぎっ……ち、ちがっ……ひぐっ……」


 言い終わる前に。


 ぶん殴ることで、強制的に答えをシャットダウンする。


「ほら、ペットとか好物にも人は愛情をもって接するでしょう? 限りなくゼロに等しいですが、まあ、ほんの少しは私も持ち合わせてますよ」

「がはっ……わ、私を犬呼ばわりするのか!?」

「犬? そんな、自己評価の高い……ミジンコやミトコンドリアくらいでしょ、あなた」


 言いながら。なお、拳を振るうことをやめない圧倒的逆パワハラ魔法使い。


「ぐぎっ……がはっ……」

「……っと、それだと微生物に失礼か。それらには、生物が生きていく上で欠かせない役割を持っている」

「ぐごがぶっ! き、貴様っ!? お、覚えてろよ! こんなことしてただで済むと思うな?」

「誤解しないでください。私はあなたみたいな存在は必要だと思ってるんですよ。社会の役に立たず、他人の足を引っ張り、恫喝して、無理矢理やらせ、病ませ、時に死に追いやろうとようとする社会の害虫も」

「わ、私を悪人呼ばわりするのか? こんなことをする貴様の方が悪……いや、絶対悪だ!」

「会話が噛み合わないですな。悪? そんな大層な言葉……知性が低いのにそんな格好のいい言葉を使うのはやめておいた方がいいですよ。使い方も意味も違いますし」

「はぐぅぅ……んっ」


 ヘーゼンはみぞおちに膝を入れる。


「クズですよ」

「……っ」

「世の中には、一定数、どうしようもないクズがいる。悪事を重ね、魂ごと腐って更生の見込みのない絶対クズが。しかし、私はその方がありがたい。私にも良心はあるので、クズではないまともな人間からは奪いにくい」

「はっ……ぐっ……」

「その人生ごと。血も肉も骨も。徹底的に搾取されるべきクズがありがたい。必要クズ論者であり、絶対クズ論者なんですよ、私はね」


 ニコニコ。


「ひっ……」


 イ○れてる。


 イ○れ過ぎている、とバライロは震える。


「も、申し訳ありません。私が悪かったです……反省します。どうか……何卒、何卒、お許しくださぁい」

「……」


 その屈服した様子を見て。


 ヘーゼンはふっと息を吐く。


「わ、わかってくださいましたか?」

「尋問のコツ、その2。クズはその場限りの嘘をつく。だから、絶対に信用してはいけない」


 !?


 そう言って。


 そのまま、2本目のナイフを膝に突き刺す。


「ぐぎゃあうぁぇごぇああああああああっ!」

「尋問のコツ、その3。屈服させた後。人格を変えるほどの恐怖と圧迫を与え続ける。反論は一切聞かず、ひたすらに壊し尽くす」

「ゆ、許してくださぁいい……な、なんでも言うことを……」

「バライロ内政官。これが、僕流の尋問です。多少、我流ですが、効果は身をもって知っていだきたく思います」

「……ひっ、ひっ、ひいいい。ご、ごめんなさぁい……ご、ご、ごめんなさぁい……なんでも言うことを聞きます……なんでも……だからぁ……」

「嘘をつくな」


 ガン!





「嘘をつくな」


 ガン!











「嘘をつくな」


 ガン!










「……」


          ・・・



















「っと、ビダーン。歓迎会までには片をつけたいから、集合時間を教えてくれ」


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