尋問


         *


 10分後。バライロはハッと目が覚めた。


 !?


「ひっぎぃ……」


 瞬間、先ほど味わった痛みの残り香が、ビリビリと全身を貫く。どうやら、先ほど味わった痛みは悪夢ではなかったらしい。急いで身体を動かそうとするが、手足が拘束され、壁に張り付けられていた。


「ああ、起きましたか?」


 声の方向を向くと、そこにはヘーゼンが立っていた。即座に身体を動かそうとするが、無駄だった。簡易的な拘束具にも関わらず、力自体もまったく入らない。


「き、き、貴様っ! どう言うつもりだ!?」

「申し訳ないです。てっきり、格闘術をご指導頂けると思ったんですが、ここまで弱いとは思いませんでした。早とちりしてしまったみたいです」

「……っ」


 『いけないいけない』みたいなテンションで。


 ヘーゼンはごくごく浅く、お辞儀をする。


「ふ、ふざけるなよ貴様っ! 正気か?」

「早合点してしまって。本当に申し訳ないです」

「ふざけるな! ふ・ざ・け・る・なっ!?」

「やはり……許して頂けないんよね?」

「当たり前だ! クビどころか、懲罰委員にかけて貴様を牢屋にぶち込んでやるぞ! 絶対に! ぜ・っ・た・い・に・だ!」

「それは嫌なので、ですね」

「なっ……」


 ベキッ!


「ほがぉ!?」


 ヘーゼンはバライロの人差し指を150度曲げてへし折った。


「ひっ……ふぅ……ふぅ……ふっぐぅ……」

「尋問は得意なんですよ、内政官なんで」


 ボキッ。


「はな゛ぁ゛あ゛」


 続けざまに。


「……はっ、はっ……ふうぅぅ……ふ、ふざけるなよ! これのどこが尋問だ? はっ!」


 腹式呼吸で耐えながら、バライロは500%の強がり笑顔を浮かべる。こんなふざけたヤツに、弱みを見せることなど、まっぴらごめんだった。


「そうですか?」

「はっ、正気を失ってるだけでなくバカなのか? 『尋問』の使い方も意味も全然違う」


 そう嘲ると、ヘーゼンは少し考えるような仕草を見せる。


「おかしいですね……私にとっての尋問とは、『相手の精神がおかしくなるまで監禁・圧迫・拷問をして、こちらの意図する行動を取るよう仕向ける』行為なんですが」

「……っ」


 尋問。


 問いただすこと。取り調べとして口頭で質問すること。そう習ったし辞書にもそう書いてあった。


 桁違いに違う、とバライロは口を半開きにする。


「まあ、人それぞれ定義が違うのは仕方ないですよね。私は私の思うままにやらせてください」


 バキバキバキッ!


 爽やかな笑顔を浮かべて、一気に3本の指を折る。


「な゛ぁ゛……っ、ふぅ……ふぅ……」


 腹式呼吸で痛みを必死に耐えるバライロは、今にも失神しそうになるが、なんとか堪える。


 誰か……誰かにこれを伝えれば……形勢は逆転する。


 そう思って瞳を動かすと、後ろに恐怖の表情を浮かべた部下たちが立っていることに気づいた。


「おい……おいいいい! なにをやってる……早く助けろ! こいつをなんとかしろ!」

「……」


 誰も反応しない。


「無駄ですよ。さっき、ミーティングしたんですよ。私の早とちりで、許してもらえなかったらどうするかって、みんなに相談して」

「……っ」

「ビダーンとジルモンドは『殺した方がいい』って言ったんですけど、アリバイとか後処理とか大変じゃないですか? まあ、それは最終手段として、まずは、言うことを聞いてもらうよう尋問しようということになりまして」

「……っっ」

「まずは、尋問(調教)。難しければ、殺します」

「き、貴様らっ」

「ひっ……」


 尋常じゃない眼差しで。


 バライロが部下たちを睨んだ瞬間。


 ヘーゼンの人差し指と中指が。


 両眼球に向かって、突っ込まれる。


「ひぎゃあああああああああっ!」

「無闇に部下を脅すのはいただけないですね、そんな目は。怖がってるじゃないですか」

「はぁぐっ……目がっ……目があああっ!」

「落ち着いてください。治しますから、ほら」


 ヘーゼンはすぐさま治癒魔法を両眼にかける。すると、即座にバライロの視力が回復した。しかし、信じられないほどの痛みだけは脳内に焼き刻まれている。


「はぁおっ……はぉ……はぉ……」


 もはや、腹式呼吸などでは誤魔化せないほどの痛みに、バライロは絶望めいた表情を浮かべる。


 そんな表情を眺めながら。























「ほら、治ったでしょう? だから、安心してください。何回でもできますからね」


 ヘーゼンの笑顔は、あまりに綺麗で、歪んで見えた。

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