策略
*
更に2週が経過した。その間、ビガーヌルは、淡々と仕事をこなしていた。すでに、ヘーゼンからの献策は一件も来なくなっていたので、ヤツの匂いのありそうな他部署の献策を探し、怪しいものはすべて否決していった。
そんな中、ビガーヌルは、プレゴジル秘書官に向かって尋ねる。
「どうだ? なにか動いたか?」
「いえ。怪しい行動は一度たりともしません」
「そうか……」
やはり、優秀な男だ。なかなか尻尾を出さない。バドダッダ上級内政補佐官失踪の件も、独自調査させたが、関与を疑われる痕跡もなかった。
「こちらから仕掛けますか?」
「バカな。誘っているのだ。このまま、同じような日常を繰り返せば、なにもできない」
2ヶ月と言う期間を設定することで、策があるように思わせる。こちらが焦って仕掛けて、それを突こうとしていると、ビガーヌルは確信する。
「ダゴル内政長官を呼んでくれ」
「はい」
秘書官がそう言うと、急ぎ足でどっぷりと太った老人がやってきた。自分よりも遥かに歳上だが、命令をすれば、忠実にやってくる。将官をとは、かくあるべきだとビガーヌルはあらためて思う。
「はぁ……はぁ……お呼びでしょうか?」
「いや。最近、ヘーゼン内政官の献策が来なくなったから、どうしたのかと思ってな」
「あ、ああそれですか。取るに足らぬ献策だったので突き返しております」
「……」
ビガーヌルは、思わずニヤァと笑みを浮かべる。もちろん、先日受けた屈辱はダゴルには言っていない。
しかし、なにかがあるのだろうとは思わせた。それだけで、この老人はこちらの思う通りに動いた。忖度と言うのは、そう言うものだ。
「それは、残念だな。しかし、若いのだから失敗もあるものだ。懲りずにどんどんトライして欲しいものだ」
「どうですかね? マユナル次長からも苦言が出てますし」
「……ほぉ。どのような?」
「部下の勤務形態を突然変えたそうです。慣例では他部署との兼ね合いもあるので、お伺いを立てたりするものですが、それをすることなく開始しました。とにかく、スタンドプレーが目につきます」
「ククッ。なるほど」
ビガーヌルは心の底から笑みを浮かべる。ヤツの悪口を聞くことが、至福の時間だ。そして、そうすることでしか、先日受けた屈辱を癒やすことができない。
虐めて。虐めて。虐め殺す。
自殺でもしたら、何か適当な罪でも擦りつけて、家族もろとも……いや、親族もろとも地獄に落とす。簡単には殺しはしない。奴隷として死ぬよりも苦しい目に遭わせつづけて、『どうか殺してください』と言わせるまで、虐めぬく。
頼むから、簡単に倒れてくれるなよと、ビガーヌルは心の底から思う。そして、その意図を組んだダゴルは、ここぞとばかりに畳みかける。
「我々に黙って大規模な施しを個人で行ったり。献策も部下が書くだけでなく、自身でも書いて提出するそうです」
「それは……勘違いも甚だしいな」
「はい。中級内政官の仕事は主に部下のマネジメント業務に従事することです。彼は優秀なプレイヤーなのかもしれないが、それは部下たちの成長を阻害する。まったく……どれだけ出世したいんだか」
「……クククッ。困ったものだな。しかし、君の苦労はわかったが、少し言い過ぎではないか?」
「いえ。私は一階級落として様子を見た方がいいと思ってますが、どうでしょうか?」
「……っ、ククッ。なるほど」
ビガーヌルは心地よく微笑む。やはり、この男は空気が読める。完全にわかっている。なんとか、こちら側に来て失点の巻き返しをしようと必死だ。この調子ならば、自ら手を下すことなく、ヤツに不利益な行動をし続けられるだろう。
あくまで実行犯にならないこと。これこそが、ビガーヌルのリスク管理だった。
「バドダッダ上級内政補佐官の代わりもそろそろ決めなくてはいけません。そもそも、野心の強い男ですので、その後釜を狙っていたのかもしれません」
「ほぉ……それで?」
「期待する彼の前で、新任の上級補佐官を就任させ、ヘーゼン中級内政官を下級内政官に降格しようと思ってます」
「……クククハハハッ。それは、さすがに酷いのではないか?」
あの自尊心の塊のような男には、さぞショックだろう。最短での出世街道をひた走る気だったのかもしれないが、出る杭は打たれると言うことだ。
「あくまで、彼自身の成長のためです」
「そうだな……あくまで、成長のために」
なんとも都合のよい言葉で、自然と笑みが浮かんでしまう。
「新任上級内政官補佐も、彼に代わる中級内政官もかなり厳しい者を用意しようと思ってます」
「ほぉ……誰だ?」
「ギモイナ上級内政官とバライロ中級内政官です」
「……それは、かなり厳しい指導になりそうだな」
思わず背中を向けて。ビガーヌルは、取り繕いのない邪悪な笑みを浮かべた。
「ええ。彼には期待しておりますから、特別に厳しくしなければいけません」
「ククッ……頼む。あくまで、彼の成長のために、な」
「はい! どうぞ、お任せください」
ダゴルは、ここぞとばかりに大きく返事をした。
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