日常


 それから、約2週間が経過した。ヘーゼンは、これまでと変わらずに、内政官の業務へと勤しんだ。部下の書類を確認、添削、承認する一方で、自身も同じように資料を作成する。それらは、いずれもドクトリン領の収益を改善させるのに有効なものだった。


 ただ、それらが承認されることはなかった。


 秘書官のジルモンドが残念そうな表情を浮かべて『否決』の書類を机に置く。


「……ふざけてますよ。これほど素晴らしい献策を問答無用で廃案するなんて」

「書類はすべて厳重に保管してくれ」


 ヘーゼンは決裁不可だった書類に目を通して、再びジルモンドに渡す。


「悔しくないんですか? こんなふざけた理由で否決されるなんて」


 決裁が否決された場合、そこには不可理由を判断した本人の見解が明記される。最初の1週間は、領主代行が直々に書いていた。


 しかし、それも難癖レベルのものだ。『現実性がない』とか、『予算の優先順位的に重要性がない』とか、通り一辺倒の理由をこしらえて。


 そして、残りの1週間はグダルゴセ内政長官が否決し始めた。恐らく、領主代行がヘーゼンの書類を見せるだけで不機嫌になるからだろう。空気を読んで、自らが実施する事を決断したようだった。


 しかし、否決された当の本人は平然としている。


「それが上官の判断であったのなら、甘んじて受け入れるさ」


 そんな中、モルドド上級内政官から呼び出された。すぐさま部屋を出て廊下を歩く。


「……はぁ」


 後ろからの視線が五月蠅うるさい。尾行のつもりであれば、気配くらい消してくれよと、ヘーゼンは大きくため息をつく。


 部屋に入ると、モルドドが深くため息をつきながら机に座っていた。最近、よくそんな光景を目にする。


 疲労が溜まっているのだろうか。


「お呼びでしょうか?」

「呼びたくて呼んだわけじゃないが。少し、正面突破過ぎないか?」

「なにがです?」

「書類の決裁だよ。君の提案は、どれも素晴らしいが、内政官としての業務範囲を超えた、広義的なものが多い。君の名前を出さずに他部署経由で提出すれば十分に決済される見込みはある」

「お気遣いありがとうございます。ですが、重要性の大きな書類から順番に作成しておりますので、私のしたいことは大方出し尽くしました」

「……はぁ。優秀な献策であれば、上が動いてくれると思って期待した訳でもあるまい。なにを考えている?」


 モルドドは探るような表情でヘーゼンを見つめる。


「それは言えませんが、私のすることは変わりません。まあ、これからは現地に向かって比較的に小さな懸案の解決に動きます」

「……焦れて、あちらが動くと思っているのか? 領主代行はそこまで無能ではないぞ?」

「あの人の小賢しさと細かさは織り込み済みです。現に、四六時中見張られておりますから」


 尾行が数人。24時間体制でいる。そして、部下たちの挙動も同様、見張られているようだとジルモンドから報告が上がった。そう言うと、モルドドが思わず頭を抱える。


「私のところもだよ。あの人は細かいからな。秘書官や他の部下たちまで徹底的に監視している。嫌がらせなどされれば対処もできるのだが、そこまで下手を打つ人ではないしな」

「大丈夫ですよ。あの人は視野が狭い。所詮は、目に見える範囲でしか見張れはしない」

「……はぁ。どうしてこうなったんだか」

「内政官の仕事というのも面倒なものが多いですね。軍人の頃は、目の前の敵をひたすらに蹂躙しておけばよかった」

「じょ、冗談に聞こえないから怖い」


 とモルドドはなんとも言えない苦笑いを浮かべた。


「とにかく。私のすることは変わりません。と言うか、変な動きも取れませんから。世の中、なにもしないで世の動向を待つことも必要であると言うことです」

「……君らしくないし、全然言葉通りに受け止められないが、わかった。とすれば、私は今後も否決される決済に目を通し続けないといけないのだな?」

「よろしくお願いします」


 ヘーゼンは満面の笑みでお辞儀をした。





















 



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