面談


 翌日の朝。ヘーゼンは当然のように登城して仕事を行った。この数日間の尋常ならざる痩せ方を見て、不安に思う者たちも多かったが「心配ない」と有無を言わさず一蹴する。


 そんな中でも、ことさらにヘーゼンの心配をしている秘書官のジルモンドが声をかけてきた。


「あの……ヘーゼン内政官。そろそろ、領主代行であるビガーヌル様の面談時間ですが……お身体は本当に大丈夫ですか?」

「……」


 正直、部下たちにできることは何もないので、放っておいて欲しいのだが、まあ、これも人情かとヘーゼンは偽りの笑顔を浮かべる。


「ああ。十分な水分を補給し、食事も行ったので昨日よりは血色もマシになっているだろ? 徐々によくなってくると思う。心配かけてすまなかったな」

「い、いえ! それが秘書官である私の務めですから」


 ジルモンドは嬉しそうに声を張り上げる。


「では、行こう」

「ヤン秘書官は連れて行かなくて大丈夫ですか?」

「連日、働かせ続けていたからな。しばらく、休ませている」

「……そうですか」

「なので、頼りにしている」

「は、はい!」


 忠実なる秘書官は元気に声を張り上げて、大股で前進する。ヘーゼン自身、柔軟性のある部下の方が使いやすい。なので、こういった絶対忠義を誓うようなジルモンド、は多少使いにくいところもある。


 砂漠の民たちのように、駒として使うなら申し分ないが、秘書官として立ち回らせるには、それなりの柔軟性が必要だ。結果、ヤンの方が秘書官として優れているのだが、やはり幼く、身体も強くない。また、絶対的に知識と教養が不足しているので、色々と学ばせる必要もある。そう考えると、ヤンを専任秘書官に置くことは適切ではない。


 誰かもう一人。有能な秘書官が必要だと、ヘーゼンは心の中に留めた。


 廊下を歩いていると、上官のモルドドが自室の前で右往左往していた。


「落ち着きませんね」

「そう言うな、ヘーゼン内政官。私は君のように肝が据わってはいないんだよ。領主代行と言ったら、3階級上だ。次官補佐官、次官、長官を一気に飛び越えて話をするんだ。正直、動いてないと落ち着かないんだよ」

「……」

 

 確かに、それが一般的な感覚だろう。ヘーゼン自身、北方カリナ地区の軍部では、大佐格に臆さずに話す場面も多かった(後に従属化)。


 しかし、もちろん、そこでは派閥の核であるロレンツォ大尉の後ろ盾があったし、軍人=実力社会という風潮もあるので、そこもヘーゼン向きだった。一部では、文官は武官以上に厳しく礼儀・上下関係が必要だという者もいる。


 しかし、同時に。目の前にいる上官がそんな事で取り乱すような器ではないことを知っている。ヘーゼンは深々とモルドドに向かってお辞儀する。


「そうやって、私に少しでも恐縮させようとする演技までさせて申し訳ありません。面会では、なるべく失礼のないよう心がけますので、どうぞご心配されぬよう」

「……そう言うところが、まったく可愛くないんだよなぁ」


 モルドドは大きくため息をつき、ヘーゼンの隣について歩く。


「ですが、よく1週間あまりで面会なんてさせてくれましたね」

「き、君が言ったのだろう? 苦労したよ」

「どのようにされたんですか?」

「側近のベルアルド秘書官に一席設けてもらった。酒の席なら、ガードが薄くなるからな」

「……驚きました。そんなチャンネルもお持ちなんですね」


 もちろん、ヘーゼンには到底できない芸当だ。人脈が幅広い目の前の上官に対して、思わず敬意を示す。


「君向けではないから覚えなくてもいいが、人は人で繋がっている。『しがらみ』というヤツだな。間接的であっても部署間の力関係、上下関係、貴族間の爵位などによって複雑に絡み合っている。それは、厄介なものに見えて、同時にすごく便利なものでもある」

「……はい」


 ヘーゼン自身も大いに頷く。ある意味で、このようなしがらみに囚われずに生きてきた。そして、真逆の生き方をしてきたにも関わらず、こんな自分を受け入れてくれる上官の度量に感服した。


「……あと、1つ」

「はい」

「君は先ほど言ったな? 『なるべく失礼がないよう心がける』と」

「はい」

「私のことは気にしないで遠慮なくやりなさい」


 モルドドが言うと、ヘーゼンは思わず目を丸くする。


「いいんですか?」

「あまり、こう言う機会は作ってやれない。そして、言うべきことを言わないのだったら、この面談に意味はない」

「……」

「事後処理は、なんとかする……なんて、格好のいいことは言わないが、まあ、一緒に乗り越えていこう」

「……わかりました。では、遠慮なく」

「……」

「……」


           ・・・



















 ほどほどにな、とモルドドはボソッと付け加えた。





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