思惑
ノックをして部屋に入った。そこには、キレ長目の男が書類に目を通していた。
領主代行のビガーヌルである。
ヘーゼンが対面で会うのは2度目。どこか神経質そうな印象も見受けられる。ビガーヌルは、ひと通り書類を見終えると、それを机に置いて鋭い視線を向けてくる。
「おお。よく来てくれたな、モルドド。この前は楽しかったぞ」
「それはこちらの台詞です」
モルドドは、ニッコリと人なつっこい笑顔を浮かべる。ビガーヌルも笑顔を浮かべるが、いかにも取り繕ったものに見えた。
「それで。この男が、前に話したヘーゼン=ハイムです」
「君がか」
ビガーヌルは品定めするような目で、ヘーゼンを観察する。
「聞くところによると、凄く優秀な男であるそうじゃないか」
「そうですか」
「ここに就任して、すぐさま大規模な民への施しを実施したと聞いている」
「はい」
「……はぁ、ヘーゼン。もっと、愛想をよくしろ。申し訳ありません、ビガーヌル様。能力は高いのですが、こんなやつでして」
モルドドがそう言って、場を和ませる。
「ははっ……それは、君が苦労するな。っと、私もあまり時間がない。早速、本題に入るとしよう」
「はい。先日、提出させていただいた献策の進捗をお伺いしたいと思いまして」
「ああ、献策だな……読んだよ。砂漠を横断して戦地までの最短経路を確立する。非常に合理的で、野心的だ」
「ありがとうございます」
「それに、民への減税と救済措置。君が行った施しの延長上だな。献身的な民への態度も、好感が持てる」
「……ありがとうございます」
「しかし……だ」
セガーヌルは回転椅子を回して背中を向ける。
「しかし。このドクトリン領の財政支出を著しく圧迫するものになる。さすがに、高度な政治案件になるので、天空宮殿にいる領主に指示を仰がなければならない」
「……なるほど」
それは、もっともだ。多少時間はかかるかもしれないが、かなりの額になる。場合によれば、もう2週間程度は待たなくてはならないことを覚悟する。
「まあ、もう少し待て」
「……どのくらい待てばお返事をいただけそうでしょうか?」
「短くて半年ほどだろうな」
「それでは遅すぎます」
「それでいいんだよ」
「……どういうことですか?」
ヘーゼンは怪訝な眼差しを向ける。
「しかし、厄介な事をしてくれたものだ」
「……」
背中越しに、この男がどういう表情を浮かべているかがわかる。先ほど言ったことは建前で、今からが本音だということだ。裏表のある者が核心部を話す時、決まって目を見ない類の者がいる。この男は、その典型だ。
「彼らはかつて、砂漠の民と呼ばれ、帝国に反旗を翻した存在だ。そんな彼らが復活すれば、とてもではないがこの兵数でドクトリン領を守り切れない」
「……要するに、敢えて民たちに重税を課していた、と?」
ビガーヌルは頷く。
「帝国のためを思えばこそだよ。我々の役割は、最前線への安全な輸送だ。砂漠を無理に横断して、危険を冒す必要もない。反乱分子である民に、みすみす餌をくれてやる気もない」
「……では、この献策は?」
「検討はするが、否決となるだろうな。私がそう誘導する」
「……」
「広い見識を持ちたまえ、ヘーゼン君。民というのは、生かさず、殺さずだ。そして、くだらない正義感を捨てること」
「……」
「もう数ヶ月も経てば、今と同じような状況に逆戻りするだろう。そして、また民は飢え苦しむだろう。いずれ、尊厳を捨て、妻子を奴隷に売り払う。そして、我々になびくものだけが結果として生き残り、結婚して、子を成し、新たな家族が形成される。その頃には、ここも発展し、賑わいを見せるはずだ」
「……」
クルッと回転椅子を再び回して、ビガーヌルは笑顔を見せた。しかし、瞳は笑っていない。その鋭い目で、ヘーゼンのことを敵か味方か観察している。
「大きな世の中の流れが読めないことでは、大事はなさない。勉強しなさい。今回の件では、いい教訓になったはずだ」
「……なるほど。ビガーヌル代行は賢い方のようですな」
「わかってくれたか、ヘーゼン君。まあ、若かりし頃は、失敗の1つや2つはあるものだ。これに懲りずにまた献策を出してきなさい」
「しかし、視野が狭い」
「……」
「……」
・・・
「……ん?」
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