恵み
*
次の日の夜。ヘーゼンはカク・ズとヤンに連れられて馬で砂漠を駆けた。事前に数頭を一定の距離に配備させ、馬が疲れたら捨てる。この方法で、普通の行程では5日かかる、砂漠の真ん中までたどり着いた。
そこには、救った民たちが集まっていた。
ヘーゼンの指示によって、あらかじめここに来るよう、ヤンが号令をかけていた。しかし、この規模を見るとほぼ全員がこの場に集まっているように見える。
ヤンの姿を見ると、全員が彼女にひざまずく。そんな中、長が一人立ち上がって、こちらへとやってくる。
「おお、聖女様。このような不毛な地によくおいでくださいました」
「驚きました。まさか、全員がこの場に来れるとは」
ここまでの行程はかなり厳しい。食料と水は潤沢に渡しているが、それでも100人来れるかどうかと言う見立てだった。
「……おい」
民の長が指示すると、地平線から背中にコブがある馬のような動物を乗った人々が数百頭現れた。彼らは、外で飢えていた浮浪者たちだ。
しかし、その身はガリガリに痩せていながら、誇りと自信に満ち満ちていた。
「ラーダと言います。この魔獣の存在は、我ら、砂漠の民だけが知っております。背中のコブは脂肪でエネルギーを蓄えます。それだけでなく、汗をあまりかかないこの魔獣の放熱も手伝います」
「こんな……数百頭も」
「この魔獣は、数日間水を飲まなくても平気です。そして、蹄も砂漠を歩くために適応し、速度は馬の約2倍。馬5頭で乗り換えなくてはいけないここまでの道のりも一頭で事足ります。馬力もあるので、即席の板を作って子ども、老人を運びました」
「……なぜ、あなた方はこの魔獣を食べなかったのですか?」
ヤンは当然の疑問を口にした。彼らの中には、飢えて死ぬ人々だっていた。
「これが……我々の誇りであり、すべてです。ラーダを食べることは、すなわち、我々……砂漠の民の希望をなくすことと等しい」
「……」
「そして……我々にできることは、聖女様にこれらを献上することだけです。どうぞ、お納め下さい」
「それは……」
ヤンは思わず言葉に詰まる。
「あなたは、なにも持ち合わせていない我々に恵みを下さった。敗者である我々に、砂漠の民としての誇りを蘇らせてくれた。私たちにできることはなにかと皆で話し合いました。誰一人として反対する者はいません」
「……これからあなたたちの半分は、この砂漠で住んでもらわなくてはいけません」
「この砂漠で……住む?」
その言葉に、全員の顔色が変わる。無理もない。この砂漠には不毛な荒野がただひたすらに広がっているだけだ。オアシスすらないこの土地に留まることは、すなわち死を意味する。
「間もなく、この地には幾日もの雨が降り注ぎます。その水を溜め、草木を育て、ここにオアシスを作りなさい」
「……雨。まさか、そんなことを」
ヤンはニコリと微笑んで、彼らが見えなくなるところまで移動する。そこには、ヘーゼンがいた。その意識は朦朧としていたが、
「
もちろん、そんな魔杖は見たことがないし、雨を降らすなど聞いたこともない。
「真に……欲しなければ、この魔法は使えない」
「……」
ヘーゼンは土に巨大な魔法陣を描く。かなり、複雑に細かく描かれている。
「かつて……神の子、アリストは……乾いた大地に雨を降らしたという」
「……」
ブツブツと意識が朦朧としながらつぶやく。誰に語りかけている訳でもない。蜃気楼か、幻覚か。とにかく、危険な状態だ。
「それから1000年……誰一人として同じ境地に立つ者はいなかった……一人の者を除いて」
「……」
「その者は……かつて大地を豊穣の雨で濡らし、幾千の者から喝采を得た。やがて、その者は……大地を毒で満たし、幾万の者の魂を喰らわせ……阿鼻叫喚の狂気を浴びた」
ヘーゼンは魔法陣を描き終わり、静かに目をつぶる。
「……ひっ」
瞬間、ヤンの身体から高揚感が湧き上がる。まるで、この一帯に魔力が満ち満ちているように、呼応する。
ヘーゼンの手には魔杖を持たない。しかし、噛み締めるように吐く言葉、一つ一つがそれ自体とてつもない魔力を持っているような。
<<天を呪い 地を憎み 空を仰ぎ 恵みを祝せん>>ーー混沌神の
・・・
しばらくすると、周囲から雨雲が発生していく。
「……っ」
あり得ない現象だ。こんな乾燥地帯で、湿気のない場所でそんなものが発生するなどと。ヤンは未だ強大なナニかを放っているヘーゼンを見て震えが起きる。
やがて。
ポツリ。ポツリとヤンの頬に水が伝わる。
「雨……雨だ……雨だぁ!」
叫ぶ民衆が興奮状態で叫ぶ。それと、呼応したように、誰もが狂喜して踊り出す。
「……」
そんな様子を眺めながら。
ヘーゼンは腰を大地に下ろし、顔を上げてその恵みを口にする。
「ヤン、お腹がすいた。なにか食べさせてくれ」
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