報告


          *


「うぃー……ひっく」


 それから1週間後の夜。モズコールは、千鳥足で自室に帰ってきた。3日で12件以上もハシゴして、すでに完全な酔っ払いである。


 バズダッダ中級内政官の特別捜査も3日ほどで終わり、元筆頭私設秘書官のモズコールは、めでたく無罪放免となっていた。


 バドダッダの邸宅で、不正の証拠が多数上がったこと。モズコールの根回しと工作で、他の秘書官たちの証言も一致していたこと。そもそも、この男の評判が悪かったこと。


 結論は証拠にあった通り、『不正をしていた裏社会の者たちからの襲撃』と結論づけられた。


 当然、私設秘書官たちは、その日にクビを言い渡された。しかし、翌日にヘーゼンはモズコールを私設秘書官として雇った。理由としては、『バズダッダがやっていた仕事の内容を把握したい』という、もっともらしいもので特に疑う者はいなかった。


 他の秘書官についても、ヘーゼンはキッチリと新たな就職先の斡旋をしていた。なぜそんなツテがあるのか想像したくもないが、北方カリナ地区のジルバ大佐が主だって動いたという。


 そして、雇われた当日で、とんでもない額を渡されて、見事にそれを使い切った形だ。


「うぃー。最高。ヘーゼン内政官、最高」


 モズコールは酔っ払いながら、ベッドにダイブした。最初は、屈辱的な言葉を並べ立てられ憤慨したが、こうやって飲み食いして、しかもこうやっても楽しむことができる。モズコールからすれば最高以外の何ものでもない。


「……っと。領収署、領収書」


 ヘーゼンから領収書の提出期限は3日前までと言われていた。あの男は、忙しくてアチコチ動き回っているので、深夜以外ではなかなか会うことができない。万が一遅れて支払えないと、娘の学院費用が一気に吹き飛ぶほどの額だ。今のうちに精算しておきたい。


 モズコールは、そのまま千鳥足でベッドから起き上がった。ついでに、お土産のワインを一本持って、ヘーゼンの部屋までフラフラと歩く。


「しっつれいしまー……」


 !?


「ど、どうしたんですかそんなに痩せて」


 扉を開けて飛び込んで来たのは、ヘーゼンのガリガリに痩せ細っている姿だった。肌もカサカサで、まるで、重病人が死ぬゆく寸前のようだ。


 全然、心配などしておらず、むしろ、死んで欲しいくらいの男に、思わずそう声をかけてしまうほどに。


 一気に酔いが冷めた瞬間だった。


「ああ、モズコールか。少し断食していてね」

「……宗教上のものですか?」

「いや。ここの民たちと同じような境遇を味あわないと、彼らの気持ちはわからない。以前戦場で同じ目に遭ったようだが、日常での飢餓はまた違った感覚が溢れてきて、新鮮な心地だ」

「……っ」

「君は元気そうで何よりだ」

「……っつ」


 3日3晩遊び歩いて、5キロ太ったモズコールである。なんなら、札束をパンツの中に入れて取らせたり、高級ワインを一気飲みしたり、させたり、他にもいろいろに勤しみ、派手な豪遊を重ねていた。


 他人の金で飲む酒は、すっごく美味しかった。


 モズコールは思わず、背中のワインを隠した。


「それで? 成果は?」

「も、も、申し訳ありません。実はその……特段、成果という成果は上げられてません。その、夜の店と言うのは、信頼が第一で、長く金を落とさないとなかなか……」


 ダラダラと汗をかきながら言い訳をするモズコール。彼自身は確かに、指示通りに夜の店を遊び歩いた。まさに、この男の指示通り。だから、なんら怖じ気づくことはないのだが、今の状況を見てみると、問答無用で殺されそうだ。


「……まあ、今はお金を落とす時期だ。短期間で成果を出すものではないからな。引き続き、夜の店で遊び歩いてくれ」

「そ、そうですよね」


 あくまで落ち着いた様子で話すヘーゼンを見て、モズコールはホッと胸をなで下ろす。


「しかし、中長期的には、なんらかの成果を出さないといけないことは覚えておくことだ。なんの成果も得られない場合は、それなりのペナルティを与えることになる。必死でやることだな」

「ペ、ペナルティ……」


 モズコールの顔が真っ青になる。


「……っと」

すー! もう10日越えてますよ! そろそろ、何か食べてくださいよ。本当に死んじゃいます」

「問題ない。翌晩、やることがあるんだ」


 ふらふらになった身体を、隣のヤンという少女が必死に押しとどめる。しかし、支えきれずにそのままよろけると、机に身体があたり、ガラス瓶に入っていた保存食が零れた。容器が割れ、中身が床に飛び散った。


「……ははっ」


 ヘーゼンはしばらく、それをジッと見つめて薄く笑った。



「な、なんで笑ってるんですか!?」

「わかった……食べ物も長時間食べないと……なにをしてでも、欲しくなるものなのだな……床に零れた食べ物を……ひざまずいてなめてでも……たとえ、なにを犯したとしても」

「……っ」


 少女の瞳からボロボロと涙が流れる。


「食べてくださいよ。あなた以外に、そんなに我慢できないです。そもそも、それをする必要があるんですか!?」

「あるんだ……翌晩……満月の夜に。この後、すぐに発つ」

「こんな身体でどこに行くんですか!?」


 ヤンはもう、顔をぐしゃぐしゃにしながらなく。そんな表情を朦朧とした瞳で見つめながら、やがて、モズコールへと視線を送る。


「っと、すまなかった。領収書の内容と君の行動を確認しよう」

「……っ」



















 超、出しにくいとモズコールは思った。


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