常態化
その日の夕方。ヘーゼンがあたりを見渡すと、部下たちは全員が残っていた。先日の早期出社は注意したが、やはり残業も常態化している。
調べてみたが、勤務体系は酷いものだった。月間200時間以上の残業は当たり前。土日、祝日にも登城し、夜中までクタクタになりながら働き続けている。
ヘーゼンはため息をついて部下の1人に尋ねる。
「残業するのか?」
「は、はい。申し訳ないです、仕事が溜まってまして」
「見せてくれ」
「は、はい」
ヘーゼンは書類をもらい、ザッと眺める。見ると、やはり重要性の判別ができていない。恐らく、自分たちが原因で仕事を止めてしまうことに恐怖感を抱いているのだろう。
「ここまでの資料は明日以降でいい。これは、今日。終わらせて帰りなさい」
「は、はい」
「と言っても、慢性的な業務過剰状態はよくないな」
「し、しかし仕事など無限にやってきます」
「……みんなも、そう思っているのか?」
ヘーゼンが尋ねると、全員が心苦しそうに頷く。そんな様子を眺めながら、少し考え、やがて口を開く。
「……ならば、連続2直体制にするか?」
「な、なんですかそれは?」
「1直は6時から20時までを仕事の上限とする。2直は20時から朝6時まで。残業は上限3時間。そうすれば、作業が途切れる事はない」
「し、しかし。それでは遅れが生じます」
「……」
恐らく、言葉遊びだと思っているのだろう。確かに、実質的な労働時間が増えるということがないのだから、業務が効率化される効果はあまり期待できない。
しかし、仕事の考え方を変えるには、やり方を変えるのが最もわかりやすい指標となる。
「君たちにわかってもらいたいことがある。それは、仕事は有限であると言うことだ」
「……」
「今はその上限が見えていないだけ。だから、闇雲にやっている。違うか?」
「……」
誰もが口を開かない。
「君たちの責任感は否定しない。将官が帝国に及ぼす影響は大きいからな。しかし、自己犠牲の先にある対価など、ほとんどない。仕事は自らの幸せとベクトルが同じでなければ、いずれは破綻するものだ」
「……」
「熱意のあるうちはいい。しかし、いずれ、その責任感は失われ、失望に変わるだろう。その時に、人は保身に走り、怠惰、汚職に身を染める」
「……」
5年後。そして、10年後。この中で、今と同じモチベーションを保っている者は多くて1人だろう。それは、出世できる者だ。そして、それを勝ち取った者にはある程度の対価が支払われる。
しかし、出世コースから外れた者は、自らの犠牲にした時間を振り返り、途方に暮れ、嘆き、ふてくされる。その空白をなんとか埋めようとして、行政を歪める。
それでは組織に腐敗を招くだけだ。
「仕事が止まることが不安なのだろう? そのための連続2直体制だ。これで、仕事は止まらない。それ以上の仕事はキャパオーバーだ。当面は僕が変わるが、いずれは人を入れる」
「しかし、そんなことは人事が」
「必ず通す」
「……っ」
「仕事の効果というのは、効率に時間を掛け合わせたものだ。そして、将官における仕事の効果は帝国にとって非常に重大な影響をもたらす。ということを考えれば、将官は効率が最大になるような人員でなければいけない」
「……ありがとうございます。私たちのために」
「私たちのため? 勘違いをしてはいけない」
ヘーゼンはお礼を言った部下の方を真っ直ぐに見つめる。
「覚えておきなさい。長時間残業というのがただの自己満足であるということを。特に重要であれば重要であるほど、管理者は業務効率が下がらない程度の人員を補充する責任がある。僕はそれを果たすだけだ」
「……」
「もちろん、局所的に多く仕事が発生した場合は仕方がない。多少効率が下がろうが、重要性が上がればその業務に価値が上がるからな。その時には、何日だって徹夜してもらう」
「は、はい」
「……あの」
部下の1人が恐る恐る口を開く。
「どうした?」
「私たちは基本的には、個人業務です。そのやり方ですと、他の人たちの仕事を引き継がなくてはいけないので……少し自信が」
「他の仕事も把握して、できるようになりなさい。仕事の幅が広がり、新たな知識とともにいい案も思いつく」
「……」
それでも部下たちは不安げだ。
「それに対して必要なのは、チーム間でのコミュケーションだ。よく、酒の席で互いのプライベートをさらけ出すのがそれと勘違いしている輩もいるが、仕事上でのそれは全く役に立たない」
互いの仕事、文化などがまったく異なる場合は役に立つ場合もあるかもしれない。しかし、同じ仕事であれば、基本的に仕事の話だけしていれば事足りる。無理に、プライベートを話す関係など必要ない。
「よく学びなさい。専門的な仕事の分野でも、食らいついて学べば、互いの困りごとまでなら理解できる。理解して、共有することが重要なんだ」
「……わかりました」
部下の1人が返事をして、他の部下たちも頷いた。割と若く従順な部下たちが多いので、まあ、それなりの成果は発揮するだろうとヘーゼンは見切りをつける。
その後、ヘーゼンは部下たちの仕事を仕分けた。
「では、僕は帰るから。仕事の持ち帰りはするな。残業も3時間以上はするな。あくまで、効率重視で働きなさい。でなければ、評価しない」
そう言い残し、ヘーゼンは颯爽と部屋を後にした。
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