献策


 ヘーゼンが自身の部屋に戻った時、ヤンが怒り顔で立っていた。


「あんなものでよかったですかね? 私の役目は」

「ああ。君は演技をさせても、そこそこいけるな?」

「冗談じゃないです、可哀想に」


 正直、必死に自身の性癖を隠そうとしている顔が見ていられなかった。あの場では、ヘーゼンの意図を瞬時に読み取って話を合わせたが、心苦しい限りだった。しかし、彼を追い詰めていた当の本人は不思議そうに首を傾げる。


「可哀想? 第2秘書官として同意を得て雇っただけだ」

「こ、心ってやつが存在してないんですかすーは!?」

「ははっ」

「わ、笑い事じゃない」


 断固としてヤンは主張する。それにしても……元奴隷ギルド幹部の父親。奴隷斡旋業を営む義母。で、特殊な性癖を持つ第2秘書。ヤンを取り巻く環境が、どんどんロクでもなくなってくる。


 これは、新手の嫌がらせなのだろうか。


「で! どうせなら、もっと、マシな人を雇ってくださいよ」

「人材がいればな」


 ヘーゼンは棚から本を取り出しながら、そっけなく答える。


「そこまでして雇う価値があるんですか?」

「ある。価値観は多様なほど様々な視点が得られるものだ。そう言う意味だと、モズコールという男は貴重だ」

「……」

「適材適所だよ。例えば、ヤン。君は賢いが、夜の店の常連にはなれない。その点、彼は適任だ」

「ギザールさんがいるじゃないですか?」


 今回の聞き込みもすべて彼が行ったことだ。彼は元々、酒も夜の遊びも好きなので喜んでやっていた(流石にモズコールの性壁を話す時は、気持ち悪がってはいたが)。


「ああ。だが、彼は有能だからな。他の仕事をやらせたい。その業務に特化して従事できる者が必要だ。まず、特殊性癖の者が好む店には一通り経験を積ませるようにしようと思う」


 !?


「よ、よく真面目にそんなこと言えますね?」

「大真面目だよ。ヤン、君は貴族が最も恐れているものはなにかわかるか?」

「……スキャンダル」

「ああ。そして、権力者は暇を持て余すので、相対的に歪んだ過剰な性行為を求める輩も少なくはない」

「き、汚い」

公平フェアだよ。生きると言うことはそういうことだ。すべての行為にルールなどは敷かれていない。だから、僕は例え自分がいつ・どこで・なにをされたとしても言い訳をしない」

「お、恐ろしい価値観」

「そもそも、将官足る者、常在戦場だ。すべての行為には責任を持つ。当たり前の行動だ」

「ゆ、歪んだ倫理感」


 と苦言を呈しまくったところで、ヤンもまた切り替える。どうせ、この男の行動は止められないのだ。そして、善人には決してやらないということも、今までの付き合いからはなんとなくわかる。


 それよりも。今、まさに助けるべき人々のことをヤンは思い浮かべる。


「で。献策は通ったんですか?」

「今日中にはバドダッダ上級内政補佐官の承認印が押されて、ギルドル上級内政官の元に行く手はずになっている」

「いつぐらいに通りますか? この際、不正や汚い手には目をつぶります」


 この惨状を見れば、一刻も早くドクトリン領の民への支援を行わなくてはいけない。ここでは、貧富の格差があまりにも大きすぎる。今、この瞬間にも炊き出しを行いたい想いに駆られる。


「……この献策は通らない可能性もある」

「なっ、なら、なんで急いだんですか?」

「理由は2つ。『通る』か『通らない』か。それををハッキリさせるため。もう1つは、『通らない』という事実を残すためだ」

「……」


 わからない。ここでの行動がどのような帰結をもたらすのか、ヤンには見当もつかない。


「ヤン、君に提案は?」

「複数ありますが、どれもある程度の予算がないと無理です」

「なるほど、予算があればいいんだな?」

「そ、そうですけど、ないんですから」

「ナンダルに手形を発行してもらう」

「そ、それは、すー個人で借金をすると言うことですか?」

「ああ」

「……」


 ヤンは思わずあんぐりと口を開ける。


「どうした?」

すーは……やっぱり変わってます。自領には自主再生を促し、配属されて間もないドクトリン領の民には自ら借金をして救済しようなんて」

「この地には助けが必要だ。救済とは溺れそうな者を助けることではない。溺れもがき苦しんでいる者を助けること。ただ、それだけのことだ」

「……早速、ナンダルさんを呼びます」

「すでに、使いはよこした。あと数日で届くだろう」

「額は?」

「僕に貸せるだけと言っておいた。それまでは、持って来た貯蓄を全額渡すから、必要な分を出せ。この件は全てを任せる」

「ぜ、全額……それじゃ、すーは、食べるものすらないじゃないですか?」

「最低限の水だけ飲む。優先順位は飢えた領民だ。内政官は動かないから10日は食べなくてもなんとかなる。カク・ズの食費さえ切らさずにいればいい。

「……」

「あっ、モズコールの費用だけは滞りなく渡してくれよ」

「じ、自分の食べ物はなくても、夜の店の豪遊は許可するんですか!?」

「優先順位だ。目的のための手段を、我が身可愛さに変えるつもりはない」

「……」

「さあ、これで僕に使える金はすべてなくなった。あとは、君次第だ」

「わかりました……あの、すー

「ん?」

「ありがとうございました」

「……お礼の意味がわからないな。


 ヘーゼンはそっぽを向いた。

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